ずっと、心が迷っていた。
 ずっと、自分の存在意義を探していた。
 生まれた時から『あなたは神の使いとして生きていく』と言われ続けてきた。十二歳になるまでに神の声を聞き、儀式を成功させねばならないと言われ続けてきた。その為に何度も何度も神に祈り、心身を捧げてきた。
 その結果がどうだ。待っていたのは神との時間なんかじゃなく、悪魔との時間だった。
 十二歳の儀式の日、いくら祈れど神の声など聞こえなかった。代わりに聞こえたのはため息ばかりだった。

「俺は、『神の使いになり損ねた』必要のない人間だった」

 薄暗い道を歩きながら、一人の青年がぽつりぽつりと話しています。その後ろを歩きながら、もう一人の少年はただ黙って耳をすましていました。

 神の使いになり損ねた俺を追い詰めるみたいに、儀式に失敗した日の夜、村で大規模な火事があったんだ。
 俺は教会にいたから無事だったけど、俺の家は燃え尽きてしまった。もちろん、自分の息子が神の使いになると信じていた親も。
 教会には限られた人間しか入ることが出来なくて、それ以外は家から出ちゃいけない決まりがあるんだ。そのせいで、盲信していた村人達は燃える家から逃げないで軒並み死んでいった。
 どんな気持ちで、死んだんだろうな。最期まで神を信じて、俺を信じていたのかな。
 俺が本当に神の使いになれたなら、救えたんだろうか。
 そんな空想が、今でも頭の中を支配することがある。

 祈っていた心も、夢も、希望も、家族も、何もかも失ってからの日々は空虚だった。
 居場所として警備隊長の家に住まわせてもらっていたけど、何もやる気が起きなかった。そんな俺を、周りは腫れ物のように扱った。祈らなくなった俺を、見て見ぬふりをしていた。
 そんな俺の転機は、失敗した儀式の日からちょうど一年後。もう一度儀式が行われた日だった。
 その儀式では一人の少女が選ばれたと聞いた。なぁんだ、神の使い候補は俺だけじゃなかったんだって思った。どうせまた、俺みたいに全てを失う贄が誕生する。そう思ってた。
 儀式の日はどしゃ降りの雨で、このままだと村にも影響が出ると言われていた。それでも村の人達は頑なに「決まりだから」と家から出ようとしない。
 また、まただ。
 またよくわからない決まりのせいで誰かが犠牲になる。神なんてこの世にいないのに。神を信じても無駄なのに。神が本当にいるならそいつは最低な奴だ。最低で最悪な奴だ。
 けど、突然ピタリと雨が止んだ。不思議なほどピタリと止んだ。次第に空は晴れ、眩しいばかりの陽が村を照らした。
「神の使いだ!」
 と誰かが叫んだ。村の人達はいつの間にか家から出て、思い思いに喜んだ。泣いたり、笑ったり、とにかく幸せに満ち溢れていた。
 俺も泣いた。泣いた俺を見て周りが嬉しそうに俺の肩を叩いたり抱き締めたりするもんだから、俺はもっと泣いて村の外れまで走った。
 悔しかったんだ。自分に出来なかった事を成し遂げた人がいることに。怖かったんだ。俺に笑いかけたあの人の家族も、もしかしたら俺のせいでいなくなったのかもって思ったら。

 ずっと、心が迷っていた。
 ずっと、自分の存在意義を探していた。
 生きていてもいいと、ただそう言って欲しかった。神に祈らなくてもいい世界に行きたかった。

「どうしたのですか?こんなところで」

 だから、出会った時運命だと思った。最低な、運命だと。

「……誰」
「あぁ……。えっと、この村で新しく神の使いに選ばれました、アンと言います」

 悔しかった。怖かった。虚しかった。逃げ出したかった。
 でも泣いてる俺の足は、動かなかった。代わりに俺は絞るような声で嘆いていた。

「神なんて……いないよ……」
「……どうして、そう思うのですか」

 問いに、俺は答えることなど出来なかった。答えた瞬間、俺の今までの人生全てを否定してしまう気がしたから。
 ぐらり、ぐらりと世界が揺れる。胸がいっぱいいっぱいになって苦しい。痛い。助けて。

 助けて。

「……神を信じなくても良いと思います」

 夢を見ているのかと思った。
 自分にとって都合のいい、夢を。

「……は?」
「人それぞれ、思うところはあるでしょうから。自分自身が一番信じたいもの、それを信じることに意味があるのです。この村は、その対象が神様だった。それだけ」
「……あんた、神の使いになったんだよな?」
「はい」
「神の使いがそんなこと言って、いいのか?」
「さぁ。わかりません。ですが、きっと神様はそんな事で怒ったりはしませんよ」
「……、……なぁ」
「はい?」
「神を否定する俺に、存在意義はあるのか?」
「……ありますよ。あなたがそう願えば」

 あぁ、あぁ、あぁ!
 結局は俺も神様の手の平の上なのか?今ここに、信仰を感じてしまった!目の前の神の使いと呼ばれた少女に!それはすなわち、神を信じる事と同じなんじゃないのか!
 でももう道が拓いてしまった!神の使いになる為に必死に神に祈りを捧げていた頃とは全く違う、高揚感たるや!

「……アン様、やっと会えた」

 やっと会えたんだ、俺の本当の神様に。