「二人とも、マニ洞窟に行くんですか?」
 それは気軽な問いにも聞こえるようで、逃げ道を塞いだ尋問のようで、タンタは少しだけ身震いしました。対してアンはたじろぐ事なくハルを見つめます。
「はい」
 言い切ったアンを、ハルはじっと見返しました。
 先程捕まえた暴徒達から話を聞けば、たんと出てきた散々な情報。アン様を殺す、マニ洞窟に生贄として捧げる、なんて。全部デタラメで、浅はかで、愚かすぎる。更にはアン様自らマニ洞窟に行くらしいだなんて話を聞いた時は、天地がひっくり返ったのかとさえ思った。対して自分と年は変わらないくせに、どうしてそんなに背負おうとするのか理解が出来なかった。でも、それが、神の使いとしての運命なのだろう。神の使いへの誓いなのだろう。
「本当なら私も同行したいのですが、いかんせん村の内部の事で手一杯なんですよ。それにタンタがいるとはいえ、タンタは結構うっかり屋さんですから……」
「……私は、ハルが止めても行きます」
 頑なな態度のアンを見て、ハルはふっと笑います。
 ずっと幼い子だと、可愛い妹だと思っていたはずなのに。いつの間に彼女はこんな目をするようになったのか。その変化は良いものだと今はまだ手放しでは喜べない。けれど。
 ハルはポーチから一枚の折りたたまれた紙を取り出すと、それをアンに手渡しました。
「マニ洞窟への地図です。二人とも、ちゃんとマニ洞窟には行ったことがないでしょ?迷子になったら危ないんですから、ちゃんと準備はしないと」
 手渡されたアンはキョトンと目を丸くして、折りたたまれた紙を広げては目の前のハルを見ます。
「それは……、……失念していました。ありがとうございます、ハル」
「どういたしまして。タンタも、今度はアン様から絶対離れちゃダメですからね」
「お、おう!」
 さて、自分のやるべき事はあとひとつくらいか。とハルは腰に下げていたポーチをカチッと外すと、タンタに差し出しました。それは警備隊専用のポーチで、一人前と認められなければ貰えないものでした。
「それ……」
「ちゃんと警備隊として行かないと。ね」
 手を出すものの中々受け取らないタンタにハルは痺れを切らしてわざわざ彼の腰にポーチをつけてやると、つけた相手は頬を赤くして目をキラキラと光らせます。
「ハ……ルさん、ほんとにいいんですか」
「タンタの功績や想いはちゃんと届いてますから。その代わり、アン様をお守りしてくださいね」
「もちろんです!」
 嬉しさを滲ませるタンタの両肩をポンポンっと二回ほど思いを込めて手のひらで軽く叩くと、ハルは教会の扉の方に足を進めました。そして振り向き、三人の姿を目に焼き付けます。
「そうだ、そのポーチにはノネムくんの好きなマシュマロが入っているので、好きな時に皆さんで食べてくださいね」 
 そう言い残し、ハルは教会を後にしました。残された三人は顔を見合せます。
「ノネム。私とタンタは先程の話通りマニ洞窟に行きます。良ければノネムもついてきてくださいませんか?」
「僕も……?」
「はい。きっとあなたがいれば心強い。そんな気がするのです」
「俺はちょっと反対だけどな。怪我とかされたら困るし……」
「タンタ」
 たしなめるようにアンから名前を呼ばれたタンタは肩をすくめてみせました。ノネムはその様子を見て、今までの二人を振り返って、それから自分を振り返ります。
 自分はどうするべきなのか全く想像もつかないけれど。ならばせめてもっと『何か』を知りたい。
 ノネムは一度口にキュッと力を入れると、そのまま開きました。
「うん、行くよ」
 その返事は、アンを笑顔にさせるには十分な答えでした。

「えーっと、マニ洞窟はこの道をまっすぐ……って、あんまり道っていう道じゃないな」
 森の中に入った三人はハルから貰った地図を頼りに進みます。しかし地図が示す道はあまり整備されていなく、仕方なしに木々をかき分けていくしかありませんでした。
「この道は……」
 ふと呟いたアンの言葉に、先頭を歩いていたタンタは振り向きます。
「どうかしたか?」
「……いえ、その」
 どこか歯切れの悪いアンにタンタは首を傾げました。少しだけ口ごもってから、アンはとある方向を指さします。
「こちらの方に進めば、多分、整備された道があります」
「え?なんでアン様が森の中の事知ってるんだ……?」
「ここは……、この道は、……。……行けばわかるでしょう」
 チラリとノネムを見たアンは、すぐに前を向きタンタに進むよう催促しました。タンタは首を傾げたまま、とりあえずと指定された方に歩みを進めます。すると確かに整備された道にたどり着きました。しかしアンは何も言わず、ノネムは相変わらず黙っているので、タンタも黙って歩くしか出来ませんでした。