この学校には『付き合っても一ヶ月で別れる』というジンクスがある。
ジンクスの元はわからないけど、実際数多くのカップルが付き合っては一ヶ月で別れるもんだから、次第にそれは深く深く根付いていった。
別れる理由は「単に合わなかった」「よくよく見ると違った」という自分達に理由があるものから「ジンクスが怖いから」なんてものもあり。
「別れよ」
ついに、俺達もそのジンクスを達成しようとしていた。
マイナスカード
家が隣で小さい頃から仲の良かった俺達は、ずるずると同じ高校に入学してそのまま夏休み明けに付き合い始めた。きっかけなんか覚えてない。確か、夏休みが終わる頃、俺かあいつの部屋でそんな感じになった気がする。
今更恋人として見れるか?って言われると複雑な気持ちもあるけど、中学からどんどんと大人になっていくあいつを見て、あぁいいなってふと思う事はあったし。
だから、付き合う事はなんとなく必然だと思っていた。
「え、や、は?」
俺達以外誰もいない家庭科準備室に声が響く。いまいち理解が追いついてない俺は、言葉通りキョトンとしていただろう。
廊下で誰かが走る足音がする。廊下は走っちゃダメなのにとか、マジでどうでもいい事が頭を満たす。
「いや、だから、別れよ」
「別れるって何が?進路?」
「バカなの?」
「お前よりは賢いわ」
「うるさい脳筋」
「脳筋は筋肉全部脳ってことだから超賢いんですが?」
「その発想がバカの極み」
淡々といつも通りに交わされる会話。うん。ほんといつも通りだ。間違いない。
俺はわなわなと湧き上がる動揺を悟られたくなくて、とりあえず立ち上がって流し台に行った。そのまま棚から紙コップを二つとコーヒーの粉を取り出し、スプーンで二杯ずつ粉を振り分ける。
「まぁまぁ、一杯」
それからポットに入ってたお湯を注ぎ、アツアツと言いながら一つを相手の前に差し出した。
この家庭科準備室は俺達の秘密基地で、コーヒーは秘密の嗜みだ。……まぁいつもはあいつが淹れるから今回は見様見真似で淹れたんだけど。インスタントだし大丈夫だろう。
「……まっず」
けど、そいつは一口飲むなり顔を顰めたから、俺は内心バッグバクでインスタントの馬鹿野郎!と叫んだ。
誰だよインスタントだし大丈夫だろうとか言ったやつ。いや、俺だけどさ。
それからとりあえず自分も飲もうとして、ようやく理由に気づく。
「あ、砂糖か。お前砂糖ないと飲めないもんな~」
なーんだ、そういうこと。
理由に気づいてしまえばこちらのもので、俺は意気揚々と棚から角砂糖を二つ手に取り相手に渡した。受け取った相手はぼんやりとその角砂糖を見つつ、ゆっくりとコーヒーの中に溶かしていく。
ざらり、と。
真っ黒なコーヒーの中に落ちては秒で溶けていく角砂糖に、妙に心がざわつく。
落ち着け、まだ大丈夫。まだ。
深呼吸してから、コーヒーを飲んでいく相手を見やる。
「……」
それでも何も言わないから、ついに動揺は全面的に表に出て思いっきり足を机にぶつけた。
痛い、と思うのも束の間、思考はそれよりも新たに見つけた理由に飛び移る。
「ミルク、か?」
砂糖が熔けても未だ真っ黒なコーヒーから答えを導き出すと、ようやくあいつが笑ったから。俺は完全に油断して、へらりと笑ったんだ。
「別れよ」
またそう言っては同じように笑い返すその心は。
これ以上はさすがにもうダメかと思いつつ、まだ、まだ、と諦めたくない俺は目の前の席に座る。
向かい合うような形になった俺達を纏う空気は最高に重いし、軽やかに窓から入る西日に関しては鬱陶しくてしょうがない。けど、俺はそんな空気に負ける訳にはいかなかった。もうこちらには勝てる札もなければ打開策も引き分けもないだろう、この会話に。
「なんで?理由が知りたい」
なるべく優しく問えど、返ってくるのは微笑みだけ。
もう万策は尽きた。ゲームセット、試合終了お疲れ様でした。
何か裏があるに違いない。信じろ、俺もこいつも。
悪魔と天使が心の中で戦っては俺の思考を乱す。やがてそれらは霧のように薄れていくと、最早何も考える事が出来なくなっていた。
いや、考えてはいた。
笑ってる顔可愛いな……。とか。うん。
そう思えば、なんか急に冷静になってきた。
「お前ジンクスとか気にする感じなの」
「ジンクス……」
「え、まじ?」
「……」
「黙秘か」
わかった。それなら俺にだって考えがある。
「結婚すっか!」
その切り札は、吉と出るか、それとも。