例えば貴方達の記憶の中の僕が偽物だったとしたら、どうしますか?いや、例えばの話ですよ。例えば、確かに僕は貴方達と元クラスメイトだったけど、実際は全く話した事なんかなくて。例えば、この館では親友として接してくれてたけど、実際はこの館から貴方達に植え付けられた偽物の記憶だったとして。……そうだったとしたら、どう思いますか?僕の事、嫌いになりますか?信じられなくなりましたか?
「既に貴方の友人は、二人共もう動けない。この状況が真実を物語ってるんですがね」
アキラはそこまで言い切ると、床に倒れて動かなくなったナツキとトウヤを見遣った。そうしてもう一度視線を数歩先のハルトに向ける。普段の陽気な笑顔からは想像も出来ないくらい絶望の顔をしているハルトに、思わずアキラは笑いを零した。
「ふはっ、もう言葉も思いつかないですかね」
「や、待てよ……。色々頭の中が……いや、そう、整理されてないから……」
「整理なんてしなくても、もうわかるでしょう?それにもう時間もなさそうですし」
先程の戦闘でお互いの体力も限界に近かった。禍々しい部屋の空気も心做しかどんどん重くなってきている。このままここにいるのは危ないと本能が叫ぶのもわかる。しかし、ハルトには打開策が見つからなかった。辺りを幾度見渡しても、何度も状況整理しようとしても、脳内に何か靄がかかってるみたいに上手くいかない。だが、それでも諦める訳にはいかなかった。
「……なら、はやくここから逃げよう、アキラ」
「えぇ……なんでまだそうなるんですか……」
「俺言ったろ、全員でこっから出ようって。出たら美味い焼肉食いに行こうって」
「……」
「俺は諦めないよ。お前がどうであれ、この館で助け合って、笑い合った仲だろ?」
「……、本当にバカだなぁ、ハルさんは」
「まぁバカが取り柄だからな!俺からバカ取ったら他には結婚詐欺師くらいしか残らねぇよ」
「そこ誇るとこじゃほんとないですからね」
互いに笑って、一呼吸。その間が生んだ静寂は悲しい程に澄んでいた。そしてカチリ、と壁時計が時を刻む。
終わりの時間はすぐそこのようだった。どこからか地を這うような声が響く。
『哀れな人間よ。満足はしたか?満足したならそこの倒れている二人を食べてもいいか?』
「え、誰?」
キョトンとするハルトを他所に、会話は進む。
「契約では僕でしょう」
『私は意識のない人間しか食べたくない、それにこの館に来た人間は一人ずつ順に、そして全員を食べると決めている』
「……なるほど」
「待ってアキラ、これ誰?誰と話してんの?」
「悪魔です。僕と契約した」
「は……?」
アキラが端的に説明をする。
一人きりだった自分がこの館に飛ばされる前、悪魔と出会ったこと。悪魔に『お前の魂を代償に一つだけ願いを叶えてやる』と言われたこと。ならば『あの人達と友達として話してみたい』と願ったこと。そうして館に飛ばされ、よくわからないゲームに付き合いつつもハルト達と嘘でも友達になれて嬉しかったこと。
「貴方達を巻き込んでしまって申し訳ないとは思うんですが、……もう、無理かもしれませんね。皆で仲良くバットエンドまっしぐらだ」
「抵抗する手段とかはないのか?」
「……誰かを犠牲に、逃げるとか」
「犠牲なしの方向で」
「さぁ……なら僕はもう……」
もう一度、とハルトが思考を巡らせど上手くいくことはなく。己の幸運に賭けてみても、運命の女神が微笑む事はなかった。しかしアキラは水面下で何か動いているようで、段々と体力が削られている事が傍目から見ても理解出来る。それでもそれに気付く前に、動いたのは悪魔の方だった。
『小賢しい人間め。食べられる順番くらいは選ばせてやろうかと思ったが、未だ抵抗するのか』
「俺抵抗してないです!え?アキラ何やってんの?」
「……」
「答えろって!今何が起こってんの?」
慌ててハルトがアキラの心理状態を探れば、抵抗なくあっさりと知ることが出来た。アキラはかなり精神状態が削られているせいで不安定。つまり、何らかの方法で悪魔にずっと抵抗していたのは彼だったのだ。自らを犠牲に、どうにかしようとしていたのだった。
「……もういい、もういいからハルさんだけでも逃げてください。お願いだから……!」
「やだよ、全員でこっから出るって」
「僕の事はもういいから!充分だから!もう無理だってわかるでしょ!」
「わかんねぇよ!絶対嫌だ、俺だけとかそんなの意味わかんねぇって」
「なんでっ……」
カチリ、と壁時計が時を刻む。終わりはすぐそこまで迫っていた。非情にも最後の決断を二人は迫られる。
ここで皆で死ぬか、一人だけ逃げるか。
今現在の選択肢はこれしか見つからない。しかし最後ならばとアキラはとある行動をとった。それは至極簡単である、神頼みだった。神様どうか、と自分の幸運に全てを賭ける。
そしてその結果を見た瞬間、アキラは涙を止めることがついに出来なくなった。神からの言葉が聞こえる。
『何でも一つだけ、叶えましょう』と。
「ここで……、クリティカルが出るのは、持ってますね、僕……」
「ここまでは運なさすぎだったからな、お前」
「こんな……、こんな……。最後、……」
ぽたぽたと零れ落ちる涙に、何度も啜られる鼻の音。絶望の縁に立っているはずなのに、どうしてだか朗らかな風が吹いたような空気で。だから、
「僕の体力を、ナツさんとトウヤさんに分けることは可能でしょうか」
たったその一言が、とても大切に空気を揺らした。
その揺れに応えるかのように、神様が承諾の意を伝える。『何でも一つだけ叶える』という無理難題でも通りそうな状況でアキラが選んだのは『全員で逃げる』でも『自分が助かる』でもなく、『自分以外を助ける』という選択だった。彼はどこまでも人間で、どこまでも諦めていて、どこまでも諦めなかったのだ。
決断の強さにハルトも言葉を失う。代わりに彼も涙を流していた。その涙は、どんな感情を持っていたのだろうか。
「あれ……?オレ、確か殴られて倒れて……?」
「ふわぁ~よく寝た~」
体力を得た事で起き上がる事の出来たナツキとトウヤを見て、アキラはまた涙をポロポロと流す。でも、ここで泣いているだけではいけないことはわかっている。
終わらせなくちゃいけない。このストーリーを。
「僕を置いて逃げてください!そこの泣いてるハルさんも連れて!お願いします、一生の願いです!」
「え?なになに?なにがおこってんの?ぼくらが寝てる間になにがあったの?」
「説明は後でします!もう時間がないんです!お願いします!」
混乱するトウヤに必死にアキラは叫ぶ。そして起き上がったあと無言で状況を整理していたナツキに、今度は叫んだ。
「ナツさん!」
「……後で説明してくれるって、本当?」
「っ……、本当です!」
きっとこの館から出たら、館であったことは忘れるんだろう。そんな話を少し前に四人で話していた。きっとこれは夢だから、忘れちゃうねと。実際これが現実なのか夢なのか誰もわからなかったし、この館を出たら普段の日常に戻るのか確証さえなかった。それでもナツキは、真剣な目をしているアキラを疑う事は出来なかった。
「わかった。行こう」
「待てってナツキ!俺は嫌だよ、アキラも一緒に!」
「ハルさん」
無理やりナツキに連れていかれようして抵抗するハルトに、アキラが呼びかける。大きな声ではなかったけど、ハルトにはしっかりとその声が届いた。
「ハルさん、ありがとう。貴方のおかげで、僕、なんか変われた気がします」
「そんな言葉今いらねぇよ……」
「すいません。今、言いたくなっちゃって。……本当は僕、貴方達を恨んでたんです。貴方達みたいに友達がいれば、僕の人生変わってたのかなって。だからこの館でも、嬉しい気持ち半分、憎しみ半分。あわよくば僕と一緒に皆死ねばいいって、思ってた。でも、探索していくうちに貴方達の悩みや苦しみを知って、同じ人間なんだなって……。僕の事を最後まで信じてくれて、やっぱいい人だなって……。……」
だからね、ハルさん。貴方はここで死ぬべきじゃない。貴方がどんな罪に苛まれても、清算するのはここじゃない。死ぬなら一人で、僕の知らないところで、死んでくれ。