「私ね、多分もう少しで死んじゃうと思うの」

「でもね、ちっとももう寂しくないの」

「こんな歳でも夢が見れると思わなかったし、ましてや夢を叶えることができるだなんて、思ってもなかったのよ」

「本当に夢みたい。夢なんだけどね」

「私、生きててよかったわ」

 本当に、そう思ってるわ。


 そう告げた時、貴女は優しく笑ってくれましたね。




 体が動かなくなっていく毎日に嫌気が差していた。上手く話せなくなることも、ご飯が食べられなくなっていくのも、全部、私が悪いわけじゃないのに、お医者様が悪いわけじゃないのに、じゃあ誰に当たればいいの?なんて八つ当たりの先を求める毎日だった。
 仕方ないと言い切ればそれまでで、ほんの少し心が安らぐ気がしていたけれど、まだ死にたくないと足掻きたい気持ちは心の底にひっそりとあって。
「だからね、私、あの子が大人になるまでは見届けたいと思ったの。それまででいいから生きたいなって、思ったの」
 そうして辿り着いたのは、天国に限りなく近いような場所。昔を思い出させる学園は、心を躍らせるには十分で。私は青春を謳歌する喜びを毎夜感じていた。
「でもある時気づいた。ここはきっと楽園じゃないって。皆、命を懸けて幸せを掴み取ろうとしていて、それは私もだけれど、でも、きっとまだあの子と同い年くらいの子もいるのねって」
 ここにいる皆等しく未来が不透明なんだろうけど、その中でも私の未来はあと少し。そんな私が一番になっちゃ、いけない、のかも。
「……それでも私は夢を叶えたかった。あの子の為に、頑張りたかった」
 そんなある日、学園長に告げられた。『貴女はエトワールになれる』と。その時は涙を流すほど喜んだ。けど同時に思った。
「エトワールになったら、その先はどうなるんだろう。私自身もだし、この世界も、そう」
 約束された未来というけれど、私は知ってるわ。約束は破るためにあるのでしょう?もちろん、守るためにもあるのでしょうけど。とにかく、そんな不確定なものに私は縋ってしまっていいのかなぁと、不安になった。
 そこで私はとある子に聞いてみたの。
「貴女は死にたい?」
 なんて直球に。そしたらなんて返ってきたと思う?
『生きたいと思う分だけ、死にたい』って!
 表裏一体とはいうけれど、まさか生死まで当てはまるだなんて思わなかった。でも逆を言えば、死にたいと思う分だけ生きたいってことなのよね。
 すとんって、肩から荷が落ちる音が、するんって、目から鱗が落ちる音が、私には聞こえた。
 生きたいも死にたいも強い衝動ならば、それは確かに生きた証になるのかもしれない。今までは誰かの為に生きたいと思っていたけど、誰かの為に死にたいと思うのは初めてだった。
「そう思えたのは、ここで皆と会えたからよ」
 それから、貴女達とお話できたからよ。

「メイさん。私に突っかかるくらいなら、もっと努力しなさい。貴女は誰より素敵に笑える子よ。物事の大切さを知る貴女なら、そんな言い方よくないってわかるよね?」
「あ、もうすぐイヌビワ先生が来るわよ。あの先生、怒ると話が長いんだから!」
「辛い時でもきちんと謝れる子は、人の心がわかる子よ。でも、人の心を気にしすぎてる所があるのかもね。だから笑って、カノンさん。貴女なら大丈夫だから」
「私?私の事は好きに呼んでくれて構わないわ」
「本当に勉強熱心ね、貴女は。予習復習は大事な事だけど、たまには色んな所を見て周りの綺麗さに気付くべきだわ。ふふっ。ツバキさんの瞳なら、一層綺麗に映るんでしょうね」
「あはは!それじゃあちっとも歌えないじゃない!もう、笑ってばっかりで進まないわ、一旦お茶にでもしましょう」
「背負わないで。俯かないで。もう一度私がここに来たら、一番に手を取って。貴女の優しさをなかったことにはしないで。……ちゃんと夢を見て、コトノさん」
「あらあら、では貴女は一体どこで一番になれるというの?私はここで一番にならなきゃいけないの。自分の為にも、誰かの為にも」

「なんて、ね。皆が一番になれたらって、それこそ夢物語かな」




 壇上の上にある校章。私はそれを、目に焼き付けるように見上げていた。
「次、ハナの番だよ!行かないの?それならメイが先に行くけど」
「自重って言葉を知らないのですわね、残念な方」
「ふ、2人とも、静かにしないと先生に怒られますよ……!」
「ほんま、自由すぎな班やわぁ」
 ゴホン、と大きく咳をしたイヌビワ先生が客席の私達を横目でジトリと見る。それに笑いながらゆっくりと席を立つと、私は舞台へと歩みを進めた。一歩、一歩と近づくにつれ、止まったはずの心臓がドクドクと早鐘を打つ。
 長い夢だった。尊い夢だった。私には勿体ないくらいの夢だった。長年生きたけれど、こんな結末を迎えるとは思ってもみなかった。
「じゃあハナさん。エチュード、始めてください」
 イヌビワ先生の真っ直ぐな眼差しを受け取って、私は大きく息を吸う。
「私の夢は、星になることです」
 震えた声を誤魔化すように、大きく腕を広げて。
「こんなおばあちゃんでも最期は綺麗な星になって、誰かの夜空を彩れるように」
 圧迫されていく肺に気づかない振りをして。
「願わくば、一番星になって、一等誰かの幸せを照らせるように」
 段々と視界が夜空に呑まれるのを、楽しんで。
「暗闇で迷子になっている子を、導けるように」
 命を懸けて、確かに私は舞台の上に立っていた。