白い息が吐き出される度に、大きく息を吸って肺まで凍えてしまいそうになる度に、私は泣いてしまいそうになる。
 冬が苦手だった。
「……あ、カイロ持ってくんの忘れたな」
 手袋は去年片方失くしたっきり買っていない。だから、なんとか寒さから逃げようと上着のポケットに手を突っ込んだ。そしたら右手に冷たい感触がして、その正体を暴こうと中身を出したら五円玉が入っていた。ピカピカの五円玉。
「ごえんだま、か」
 裏と、表。何度か見てから右手で握りしめ、そのままポケットに手ごと突っ込む。握った五円玉に手の温もりを奪われていく感覚に、私はまた泣いてしまいそうになった。
 それからしばらく歩いていると、風が段々と切れるような寒さを連れてくる。どうにも気温の低さより、私は風の冷たさの方が苦手だった。首元のマフラーを左手で鼻の辺りまであげる。ズズっと鼻をすすったら、鼻の奥まで冬の寒さが伝わってきて、思わず顔を顰めた。
 ふと立ち止まってゆっくり振り向いた。後ろにあるのは、私が今まで歩いてきた道だ。何の変哲もない、道だ。上を見ると、空がある。夕日ももうほとんど沈んだのか、紫色と青色が混ざっていて、雲は薄く、薄く、広がっている。
 私は、またズズっと鼻をすすった。
「早く帰っておいで」
 なんて声がぼんやり聞こえて、その声に前を向くと、小学生くらいの子が楽しそうに走っていく姿が見えた。鼻が赤くって、耳も赤くって、見てるだけでこっちが寒くなる。
「今晩は何食べたい?」
「やば、明日雪降るらしいよ」
「今日は風呂にゆっくり浸かりたいなぁ」
 さっきまでは聞こえなかった沢山の声が私に届きだす。目の前に広がる光景は、なんてことない冬の一コマで当たり前に存在するもの。他愛ない会話が幸せで、暖かい。
 ズズっと鼻をすすって、私はまた歩みを進めた。

 冬は苦手だ。外に出るのが億劫になる。でも、冬があるから、寒さを知るから、人は暖かさを知るのか。
 冬が苦手だ。冬はいつもより寂しくなる季節で、冬の到来を知る度に嫌になる。
 冬なんて苦手だ。毎年同じ冬は来ないとわかっていても、それでも同じような景色を見ると、鮮明に思い出してしまう記憶がある。
 冬も苦手だ。正直春夏秋冬全部苦手だ。だって、どの季節になっても、今までとは違う季節だって事を痛感してしまう。

 冬って、苦手だ。一人の冬が、苦手だ。

 ポケットから強く握り締めていた右手を出して、力を緩める。変わらず手の平にある五円玉は、変わらずピカピカだ。
「……やっぱり、カイロ持ってこればよかったな」
 大きなため息を吐くと、それが白くなって私の視界を染める。私はやっぱり、泣いてしまいそうになった。

「またカイロ忘れたの?ふたつあるから、一個あげる」

 なんて声が、ぼんやり聞こえたような気がした。