メインホールのステージ上に制服を着た女子高校生達が立つ。そして一人は歌い、一人は踊り、一人は声高らかに想いを叫んでいた。それを客席から見ていたイヌビワは、ふと隣に座っている学園長を見る。学園長の顔は柔らかな笑みを浮かべていて、まるでこの世に不安など一切ないと言っているようだった。煮え切らない気持ちが胸をじんわりと侵食し始めて、イヌビワはそれを振り切るようにまたステージの方を向く。
私立星煌女子學園の最終日のスケジュールは、滞りなく進んでいた。
保健室のベッドに横たわるメイは絶えず汗をかいている。コトノが何度もタオルで汗を拭ってやるが、すぐにまた出てくる汗の粒に追いつかない。ハナビはずっとメイの手を握っていたが、メイの手はなぜか酷く冷えていた。
「メイ、貴女……」
ツバキは眉間に皺を寄せ、途中で言葉を止める。それを見たメイは小さく笑うと、いつもの半分も出ない声で呟いた。
「変なツバキ」
そしてDの四班で唯一途中で消えてしまったはずの一人が、声を上げる。
「これは現実世界に戻されそうになっていますね」
「カノン、どういうこと?」
二日目以降姿を消したカノンが、昨日戻ってきた。本人曰く「一度起こされて仕事作業を終えた後、もう一度眠ってみたらログインできた」との事。どれだけ聞いても、詳しい事はわからないという返答ばかりだった。でも、戻ってきたカノンは誰よりもキラキラしていて、誰よりも真剣だった。
そしてカノンが戻ってきたのと入れ違うように、メイが倒れた。慌てて保健室に運んでから日が変わっても、体調は回復するどころか悪化している。
「恐らくですが、現実世界の方のメイさんが第三者から起こされそうになってるんだと思います」
「……第三者、ですの?」
「私の場合は気づいたら強制ログアウトして現実世界で起きていました。普段から携帯のアラームに敏感なので、気づいたら勝手に起きてしまったんだと思っています」
「メイちゃんも、アラームか何かに起こされそうになってる、けどなんとかして抗ってる、ってことやの?」
コトノが頷く。
「……なるほど。アラームだとあまりにも長すぎるから、第三者から起こされそうになってる、という解釈ですのね」
ハナビは不意に保健室の窓から見える空を見上げる。今日も、綺麗な青空だ。雲ひとつない、空。思えばこの電脳世界の空はいつもそうだった。創り物は思えないほど綺麗な空は、雲や雨を知らない。
「メイ、第三者の心当たりはありますの?」
ツバキの問いに、メイが小さく頷く。いつもは気丈なメイの姿。そこでカノンは初めて、顔を歪めた。
「……ナイトレイド」
窓の外の木に止まっていた小鳥たちが、一斉に飛び立つ。
「ハナビさん達には少し話しましたが、私達は逃れられないんです。ナイトレイド、……夜襲から。弱者である私達には安心して眠れる夜すら与えられない。朝に怯えて、夜にも苦しんで、……救いようがないんですよ」
全員が黙り込む。思い思いが現実世界の自分を浮かべていた。救いようのない、自分を。
……ここにいる小さな一人達は、起きて目が覚めたら見知らぬ他人で。名前も、顔も、何もかもが違う。きっと出会うこともないだろう、学友。戦友。手を取り合うべきなのかもしれないが、どうしても現実世界の自分がそうはさせない。勝て、と。今すぐにでも手放したい現実を変える為に、文字通り命を懸けて戦え、と。そう奮い立たせてしょうがないのだ。エトワールにならなければ、あるのは変わる事のない温い地獄。
沈黙を、ツバキが破る。
「私は、なんとしてでもエチュードをやりたい。エトワールになれる舞台に立たないまま終わり、なんてごめんですわ。……皆は、どう思うのかしら」
問いに、意外にもコトノが一番に応えた。
「うちも出たいよ」
「私も、もちろん出たいです……!」
「……メイも、出る。絶、っ、絶対、出る」
続いてカノンも、メイも、応える。それからハナビも大きく頷いた。
私達はきっと分かり合えない。慰め合えない。けれど、今の瞬間だけ、同じ想いを抱いている。
それだけが、小さな一人達を奮い立たせていた。
「立てる?」
「うん、だいぶ治まってきた。……もしかしたら、母さん諦めたのかも」
「母さん?」
メイの肩を支えようとしたコトノが、ふと聞き返す。メイはハッとしてから口を閉じ、視線を逸らした。
「……なんでもない。はやく行こ」
もう片方の肩をカノンが支え、なんとか歩いていく。
五人の後ろ姿は、闘志に満ち溢れていた。
ブザーの音が鳴り響く。幕が開く。それぞれが舞台に立ち、目の前を真っ直ぐと見つめる。制服に身を包んだ女子高校生達は、ゆっくりとお互いの空気を感じ取り、そして、口を開く。
私立星煌女子學園Dの四班による、エチュードが始まった。