「にしてもハナビちゃん、綺麗で可愛いね!あ、ハナビちゃんって呼んでもよかった?」
 廊下を五人で歩いていると、くるりと後ろを向いたショートカットの女生徒が、人懐っこい笑顔でハナビに話しかけた。それに対し、不愉快そうな顔をしたポニーテール姿の女生徒が答える。
「メイ。後ろを向きながら歩くと転びますわよ。はしたない」
「うるさいなぁツバキは。メイはハナビちゃんに話しかけてんの!」
「はぁ!?」
 一気に畳み掛ける様なやり取りに、ハナビの手をずっと引いていたコトノが「堪忍ね、いつもの事やから気にせんとって」と優しく笑う。それに対しハナビは、なんとなく頷く事しか出来なかった。
「あ、あの、いくつか質問があるんですが……」
 そしておずおずと話を切り出したハナビに対し、コトノが嬉しそうに微笑む。前の方で騒いでいた二人もピタリと言葉の応酬を止め、聞く体制に入った。今まで後ろで一人黙っていたカノンがメガネをくいっとあげ、少し歩を速めて輪に混ざる。
「まず、皆さんのお名前を聞いてもいいですか?」
「あ、そうだった!まずは名乗んなきゃだよね!メイはメイだよ!メイでもメイちゃんでもなんでも好きに呼んで!」
「わ、わかりました……」
 ぐいぐい迫るメイに対し、ややハナビが後ろに引くと、わざとらしい大きなため息を吐いたツバキが嫌そうに答える。
「……ツバキですの。ツバキさん、と呼んでちょうだい」
「うちは、コトノ。呼び方はお好きにど〜ぞ♪」
「カノンです。私もコトノさんと同じく、呼び方に指定はありません」
 続いて順に皆が答え、ハナビは一人ずつの顔と名前をなんとか一致させようと一人一人をじっくりと見ていく。しばらく無言で四人を見た後、大きく一度頷いた。わかった、という合図らしかった。その合図に、四人はなんとなく安心する。初めて会う犬に懐かれたような感覚だった。
「じゃあ、次の質問なんですが……。……その、さっきチラッと聞こえたんですが、生徒が亡くなった、ってのは……」
 しかし。この問いに四人はそれぞれ顔をしかめる。それから突然目を逸らしたり、露骨に上を向いたりするもんだから、ハナビは「皆さん、知ってる方だったんですか……?」と質問を追加した。四人全員、ぎこちなく互いに目を合わせる。先にあなたが言ったら?というような視線での押しつけ合いに、ハナビは首を傾げた。するりと解けたコトノの手が、少し寂しい。不安を増長させる。
 すると、ようやく一人が重い口を開いた。ツバキだった。
「……その生徒っていうのは、このDの四班の子ですのよ」
「え」
 衝撃の事実に、思わず足が止まる。それにつられ他の四人も足を止めた。
「だから、今こうやって私達は学園長室に呼ばれているの。事情聴取というものじゃないのかしら?」
「じゃ、じゃあ、犯人を知ってるんですか……?」
「まさか!うちらは無実やよ。それに、死因もわからへんの。確かにうちらはメインホールで自主練はしてたけど、あの子がステージに立ってる間うちらは客席で見てたんやもん。そしたら急に倒れて、それで……」
「システムの何らかのバグな気もしますけどね。突然ログアウトされたとか……」
「カノン、それだとメイ達の目の前であの子は消えるはずでしょ?ログアウトだと体ごとここから消えるんだからさぁ」
 それぞれがそれぞれの考えを話す。聞けば聞くほど、ハナビは会話のおかしい部分に気付いていった。それを確認する為に、質問を追加する。
「“あの子”、はどんな子だったんですか?」
 その言葉に、ピタリと四人が止まった。瞬きさえも、一瞬止まったように見えた。そして何かを誤魔化すように、四人共が急に歩き出す。ハナビは慌てて置いていかれないように、同じスピードで歩き始めた。
「元気な子でしたわよ。とても」
 とツバキが。
「でもちょっと地味め?だったよね、カノンみたいに!」
 とメイが。
「……奇抜な方なイメージが」
 とカノンが。
「総括すると、綺麗で可愛えぇ素敵な子やったよ」
 とコトノが。
 四人のあまりにも噛み合わない言葉と、何かを探り合いながら話す感じが、やけに印象に残った。それに何より気になる点が、ひとつ。
「……悲しく、ないんですか?」
 仲間が突然いなくなったら、悲しかったり、寂しかったり、辛かったりするんじゃないのか。だけどこの四人からは、そういった類の感情が見受けられない。ハナビの質問に、それぞれまた視線で探り合い出す。自分は口を開きたくないと、そう言いたいように見えた。
 自己紹介をしてくれた時とは真逆の空気。ふとすれば消えてしまいたくなるほどの重たい空気。そこに、メイがあっけらかんと言葉を投げた。今日何食べる?くらいのノリで。
「悲しくないよ。メイ、悲しくない。だってここは仲良しこよしする場所じゃないもん。エトワールになれるのは一人だけ。それに、このホシキラ学園に来てる人間なんて弱者しかいないんだよ?現実世界から逃げた奴らしかいないんだよ?生きるか死ぬかなんて上等じゃん。どうせ、いつか死ぬ命なんだからさぁ」
 ただただ歩く音だけが、響く。一番前を歩くメイは、どんな顔をしているのか。その後ろを歩く他の四人達にはわからなかった。特に一番後ろを歩いていたハナビは、誰の表情も感情もわからなくて、ゾッとした。

 とんでもない所に来てしまった。だけどもう戻れない。死ぬ気でエトワールを目指すしかない。未来を掴む為に、命を捧げるしかないのだ。
 『学園長室』。そう書かれたドアの前に着く。このドアの先に待つのは、制裁か。それとも。