ハーバリウムの作り方。
 まず、ボトルとハーバリウムオイル、ブリザードフラワーを用意する。ブリザードフラワーを長めのピンでボトルに入れていく。入れる前に、あらかじめどの順番で花を入れるか決めておくといい。あと、無駄な枝を切り落としておくと尚更いい。ボトルに一度入れた花は、戻せないし、戻さない方が良いので、慎重に。
 一つ目の花を入れたその枝側に、次の二つ目の花を入れると見栄えが良くなる。枝を隠すように、重ねていく。花は、押し込みすぎないように。バランスを何度も確認するように。
 花を全て入れ終えたのなら、次はオイルをいれていく。静かに入れるのがコツだ。ボトルを傾けながら、ゆっくり、静かに、花が沈まないようにいれていく。満タンになる前に止めたら、ボトルを縦に置いて、気泡が収まるのを待ち、最後にボトルの蓋をしっかりと締める。リボンがあれば、蓋の周りをリボンでくるりと結ぶと可愛い。
 そうして、ハーバリウムは完成する。

「出来た……」
 私は出来上がったハーバリウムを、コトリと机に置いた。窓から流れてくる風が涼しさを連れてきて、その心地良さに目を瞑る。そのまま小さく息を吸えば、初夏の匂いがした。
 ……今年も夏が来た。三年生になった私たちは、高校生活最後の夏になる。夏はこれからも等しく訪れるんだろうけど、高校生活最後のってつけると何でも尊く思えるのは不思議。でも、実際尊いのは変わりないんだと思う。夏を大事に思えるのは、まだ私たちが子供だからなのかもしれない。だからこそ、まだ知らないことへの期待が希望を膨らませる。
「お、出来たの?綺麗じゃん」
 聞き馴染みのある声が、不意に聞こえた。その声に目を開けると、風に髪をなびかせている雨宮がいて。
「そうでしょ」
 って私は笑いかけた。

 去年の夏、文化祭以降。時間はあっという間に過ぎて、千歳先輩は高校を卒業した。どこかの大学に進学したらしい。時折メッセージで会話をしたけど、お互いふわっとしたものばかりで、それも今はもうしなくなった。今はきっと、大学生活を堪能しているんだと思う。雨宮とは、三年に進級した時に、理系と文系にクラス分けがされた影響でクラスが離れた。授業も被らないから、自然と会う回数も減って。勉強会を前みたいに開いた事もあったけど、お互いジャンルが違いすぎるねって気づいてからは、それもなくなった。
 お互いがお互いを思い出す事が、段々と減っていく。それは寂しかったけど、新しい場所へ進めていることでもあったから。だから、後ろは向かずに前へ前へと顔を向けてきた。
 今日は去年と同じく、文化祭の準備。今年の生徒会は手作りハーバリウムを飾ったり、販売したりするらしい。また雨宮に手伝わない?と連絡を受け、ここにいる次第だ。雨宮から連絡を受けたのも、雨宮と会うのも、なんだか久しぶり。でも、昨日ぶりくらいの感覚にも思えるのは、なんでなんだろう。
「雨宮は完成したの?」
「さっき二つ目終わったとこ」
「さすが」
 ワイワイガヤガヤとした生徒会室は、活気に溢れている。そしてたくさん並べられてるハーバリウムは、どれも綺麗。私も出来上がったものをその列に置くと、急に特別感が薄れた気がしてちょっとだけ寂しくなってしまった。
「葉月、飲み物買いに行かない?」
「ありよりのあり」
 二人で生徒会室を抜け出して自販機まで歩く。そして私はいちごオレを、雨宮はカフェオレを、お互いに奢った。自販機から出たばかりの紙パックは中の飲み物ごと冷たくて美味しい。すると、雨宮はポケットから取り出した携帯を見て「うわ」と声を出した。
「生徒会みんなで追加買い出しだってさ。大人数で行っても意味ないのに」
「まぁ、いいんじゃない」
「葉月も行く?」
「ううん、私はいいや」
「オッケー。じゃ」
「いってらっしゃい」
 雨宮の背中を見送って、ちゅーちゅーといちごオレを飲んでいく。上を見上げるとこれでもかというくらい綺麗な青空で、セミの合唱がやけに大きく聞こえるような気がした。
 夏だ。紛れもなく夏だ。新しい、けど懐かしい、夏だ。
「……」
 そのうちズズっと紙パックから音がして、中身を飲み干した事を気づく。自販機横のゴミ箱に捨ててから、生徒会室に戻った。生徒会室はみんな買い出しに行ったからか、誰もいない。静かな生徒会室。あんなに人や声で溢れていたのに、今は、空っぽ。
「……」
 ハーバリウムの列を端から見ていく。たくさんの色や花、デザインのハーバリウムは見ていて飽きない。ひとつ、ひとつ、ゆっくりと見て、途中で足が止まった。
 私の作ったハーバリウム。色とりどりの花が綺麗に入った、ハーバリウム。
「……、……」
 私はそれを優しく手に取る。特別感の薄れたはずのハーバリウムは、私の手の中だとやっぱり唯一無二の輝きを放っている気がした。そのままこっそり、自分の鞄の中にハーバリウムを仕舞う。

 私の、秘密。

 秘密の、ハーバリウム。