理論的な話をしよう。
 人は嘘をつく時のわかりやすい仕草としていくつか例がある。呼吸法が変わる。口を触ったり、隠したりする。瞬きが減る。そして、右利きの人は左脳が働き右半身が支配される為、右上を見やすい。つまり!
「つまりだね振袖くん、右上ばかり見ている君は嘘をついている!」
「は?天井にハチがいるのは本当ですってば」
「緊急事態じゃないか!」
「如月先輩が嘘だって現実逃避してたから」
 とある高校、とある教室、とある部活。ドタバタと騒ぎ立てる生徒や、教室の隅っこに蹲り気配を消す生徒。ハチを外に出すために淡々と窓を全開にしていく生徒。
 創作部と書かれた教室の中で三人の男女が、部活動、もとい、ハチとの格闘を繰り広げていた。
「嫌だ!ボクはまだ死にたくない!」
 如月仁。容姿端麗、学問優秀。ただし生粋のバカ。頭は良いはずなのに良すぎるせいか変な方向に振り切っていて、そのせいで所謂『残念なイケメン』として学校の中では名物となっている。
「あーもー、下手にあちこち動かないでもらえます?邪魔なんですけど……」
 降旗花子。如月の一つ下の高校一年生。漫画家志望で創作部に入ったものの、なぜか毎日ツッコミに励んでいる。如月からはなぜか振袖くんと呼ばれており、最初は訂正していたものの、最近は縁起が良さそうだしもういいかなとか思っている。
「……………………」
 江戸川悠翔。降旗と同じ高校一年生。破滅的にコミュニケーションが苦手で、空気と一体化してしまいたいと常日頃考えている。創作部には小説家志望で入部したものの、如月に苗字の江戸川から乱歩くんと呼ばれており、そのプレッシャーに苦しめられる毎日。
「はい、ハチは出ていきましたよ、各々集合〜」
 窓を閉めた降旗が、パンパンと手を叩きながら席に座る。少し乱雑にくっつけられた二つの机の上には、三枚の紙が置かれていた。
「ボクを呼んだかい!この天才名探偵如月様がどんな難解事件も迷宮入りさせてあげよう!」
「………探偵なのか厄介なのかどっちなんだ……厄介か……」
 片や大声で、片や蚊の鳴くような声で話しながら机の周りの椅子に座る。それを降旗は適当にあしらいながら、その三枚の紙をシャッフルして1人ずつの目の前に置いた。
「今日は嘘を見破るゲームをしたいと思います」
「なるほどボクの得意分野だね」
「……。えー、それぞれ目の前に置かれた紙の裏側に、一から三までの数字が書いてあります。それで、今から一人三つずつ自分にまつわる短い話をしてもらいますが、その三つの話の中で紙に書かれている数の分だけ嘘の話をしてください。だからもしも紙に三と書かれていたら三つとも嘘を、紙に一と書かれていれば本当の話を二つ、嘘の話を一つ、という感じですね」 
「質問がある!」
「一旦黙っててください。えーっと、数字の被りはないのと、結果的に他の二人の紙に書かれた数字を当ててく感じになります。あぁ、あと、一人ずつ一気に三つ話をしますが、話し終えたあと他二人からの質問タイムがあります。ただ質問時間は1分程度なので、質問内容はきちんと考えた方が良いかと。では、それぞれ数字を確認してください」
 そこまで言い切ると、降旗はふぅと息を吐く。如月は何か言いたげだったが、目の前に置かれている紙の裏を見ると、ふむ……と顎に手を当てて何かを思案し始めたようだった。一方の江戸川は自分の数字を確認したあと、そっと紙から手を離し、両手で顔を覆う。降旗はというと、自分の数字が2という事を確認した後、ぼんやり天井を見つめながら嘘の内容を考えていた。
 嘘は二つ。下手な嘘をついてもバレてしまうだけだが、嘘じゃない話の方も選ばなければ嘘が浮く。それに他二人の嘘を見抜く事も忘れてはいけない。私が2だから、如月先輩か江戸川くんどちらかは全部の話が嘘というわけだ。全部嘘はきついだろうな……。それに、残り二人が嘘の数1か2って区別きつそ〜……。
 いらぬ他人の心配をしているうちに、あっという間に時間は経ち。話は降旗からスタートする事となった。
「えっと、では私の話をします……」
 朝ごはんにカツ丼を食べた事。お弁当のおかずがカツで埋め尽くされていたこと。晩御飯もカツ丼らしいこと。
 最初の話以外は嘘だ。そんなカツメドレーされてはたまらない。ただ、あえて同じような嘘くさい話を連ねてしまえばバレにくい気がした。
 これは勝てる気がする。降旗はニヤリとし、質問タイムどうぞと腕組みをした。直後、ふむ……と如月が軽く手を挙げる。
「朝からカツ丼は胃がもたれないのかい?」
「意外と平気ですよ」
「なるほど。ちなみにボクの嘘の数は1だったから、振袖くんの話は二つ以上嘘となる」
 ちょっと待って、自分の嘘の数を申請するのはありなのか!?と思いつつ、そういえばそもそもこれは駆け引きのゲームだからありか……。と混乱する。待て、この混乱も奴の策略のうちか?
 降旗は飲まれてなるかと体に力を入れる。親睦やら創作の力になれと始めたこのゲームだが、これは想像以上に殺伐したゲームになるかもしれない。
「その如月先輩の嘘の数も、嘘かもしれませんけどね」
「そうだね。後もうひとつ質問だ。昼の弁当のカツはどんな容器に入っていたんだい?想像がつかなくてね」
「えっ?あぁ……。よくある使い捨ての容器ですよ」
「……だから、今日は弁当箱なかったんだね……」
 江戸川の呟きに降旗はギクリとする。そういえば江戸川は同じクラスメイトだ。もし私がそもそも今日弁当ではなく購買に行っていた事が知られていたら、嘘だとバレてしまう。
 ……いや、待てよ?みんな一つは必ず嘘をいれないといけないわけだから、この昼の話が嘘だとバレても問題ない。むしろ、これでもう質問タイムの一分は過ぎた。夜の話には触れられなかった分嘘かの判断がしづらい。これは……勝てるのでは?
 満足気に質問タイムの終了を降旗は告げれば、次は江戸川の番となる。江戸川は注目を二人から浴びている事に悲鳴をあげつつも、三つの話をボソボソとした。
 この間呪術にカエルを使った事、新しい創作の下調べの為にジムに通い始めた事、実はさっきのハチは自分が招き入れた事。
「……質問タイムどうぞ……」
「カエルは何の種類を使ったんだい?」
「アズマヒキガエル……」
 間髪入れずに質問をしてくる如月にビクビクと震えながらも江戸川はしっかりと答える。降旗は、一つ目の話は嘘ではない気がした。何より、本当に呪術をやってそうとか思ってしまった。
 となると、二つ目の話は明らか嘘だろう。ジムなんて江戸川にとって拷問でしかないだろう。なら触れるべきは。
「江戸川くん、ハチを招き入れるってどういう事……?」
「あぁ招きたくて招いたわけじゃないんだけど……。部室入って窓開けたら入ってきて……。どうしようもなくて見知らぬフリして隅に蹲ってた……。ごめん……」
 確かにやけに静かに隅にいたと思っていたけど、犯人がいたとは……。降旗は納得しつつも、浮上した疑問に頭を悩ませた。
 江戸川くんは二つ目だけが嘘だとしたら、紙に書かれた数字は1。なら、さっき謎に数字の宣言していた如月先輩は、やっぱり嘘をついていたってことなのか?なんの為に?
 どんどんと混乱していく降旗をよそに、次は自分の話す番だと如月が高らかに宣言する。私たちの話の内どれが嘘かの推理はもう終わったのだろうか。それに、降旗の推理で行くと、如月の今からする話は全て嘘の数字3ということになるが……。
「まずは一つ目。ボクは中学時代運動部だった」
 降旗と江戸川は思わず目を見合わせる。高校内で運動音痴と有名なのを本人は知らないのかもしれない。そんな如月が運動部に所属していたというのはにわかに信じ難い。
「二つ目、ボクは現在進行形で合唱部と兼部している」
 またもや降旗と江戸川は目を見合わせる。初耳にも程がある。如月が合唱に参加しているイメージがそもそもないし、毎日創作部に顔を出している以上それは難しいはずだ。
「三つ目、これは言うか迷ったが、実はボクは重い病気を患っている。余命宣告まではされていないが、長くないことは確かだ」
 降旗と江戸川は(以下略)。もしかしなくても如月という男は嘘が下手くそなのかもしれない。残念なイケメンというだけでなく、こんなにもポンコツなのか。
「どうだい!名探偵如月様による見事なまでの話!どれが嘘だかわからないだろう!」
 いやほんとに残念なイケメンだ。なぜそこまで誇れるのかがわからない。でもまぁ一応質問はしてみるか……。と、降旗は挙手した。
「中学は何部だったんですか?」
「野球部だ!」
「……ポジションは?」
「ピッチャーだよ!」
 降旗と江戸川が一つずつ質問をし、それに意気揚々と答える如月。なんだか可哀想に思えて、二人は如月にもう一度質問をしてあげた。
「えっと、病名は?」
「ガンだ」
「……いつ頃から……?」
「さぁ。わからない」
 わからない?
 わからないがわからない。最早意味がわからない。嘘をつくにしてはガバガバすぎる。もっと設定練ればいいのに……。と降旗は思いつつ、質問タイムの時間終了を告げた。各々が別の紙に他二人の嘘の数の予想を書いていく。それを一斉に披露すると、こんな感じだった。
『降旗の回答:如月3、江戸川1』
『江戸川の回答:如月2、降旗1』
『如月の回答:降旗2、江戸川3』
 それぞれがそれぞれの回答をじっくりと眺める。降旗は、江戸川が如月の嘘を2と書いていることに違和感があった。それに降旗を1と書いているということは……。
「えっ、ちょっと待って、江戸川くんが3なの!?」
「あ、ええと、うん……。全部嘘だよ……」
 騙された!まさか全部嘘だなんて想像もつかなかった。唖然とする降旗に対して、如月がふんっと鼻を鳴らす。
「乱歩くんは小説家志望なだけあって、嘘の作り方が上手かったね。でも、話す事にはやはり苦手意識があるようだ。嘘をつく時の特徴が露骨に出ていた」
 如月お得意の推理口調が始まる。
「普段乱歩くんは他愛ない質問でさえ挙動不審になるのに、今回の質問にはすぐに答えただろう?それはあらかじめ用意していたのと、嘘とバレたくないが故に速く答えたかったんだろうね。あと、ハチの説明の時わかりやすく呼吸の数が変わった。それも嘘をつく時に見えやすい反応だ」
 おぉ、と。後輩二人から感嘆の声が漏れる。探偵っぽい。
「振袖くんはおおよそ、朝ごはんの話以外は嘘なのだろう」
「えっ、なんでわかったんですか」
「朝ごはんに対する質問は何なく答えたが、昼ごはんの質問に対しては少し間があった。それに、君は動揺した時に『えっ』と言いやすい」
 自分でも気づかなかった癖を言い当てられて、降旗は言葉に詰まる。あんなにもポンコツ扱いしたのに、実の所は出来る探偵なのかもしれない。
 しかしここで重大な事に気付く。如月の嘘の数が1という事は、残り二つは真実だったということだ。
「待って、如月先輩はどれが嘘なんですか?」
「さぁ。どれだと思う?」
 そこで焦らされても。と少しの苛立ちを感じていると、おずおずと江戸川が口を開く。
「……合唱部は、確か、ほんとですよね……?」
「あぁ。人数が足りないと廃部になってしまうから、名前だけ貸してあげているのさ。そのうち一年生が数名入部してくれるらしいから、そうなればボクはお役御免だね。あと野球部も本当さ。万年ベンチだったけれど」
「なら、最後の病気が嘘ってことですか」
「そうなる。嘘をつく時は真実に混ぜながら話すとバレにくいから、今後の参考にしてくれたまえ」
 えへんと胸を張る如月に、降旗はがくりと肩を落とす。これは完敗だ。正直舐めていた。悔しい。
 如月はその様子を見て満足げに息を吐き、口を覆う。そして右上の時計を見るとそそくさと立ち上がった。
「アダム&ヒメとの約束の時間に近いし、ボクはここでおさらばさせてもらうよ」
 創作部の副部長と部長。通称アダム副部長とヒメ部長に用があると言われているらしい。変な事件に顔突っ込んでないといいけど……と思いつつ、後輩二人は如月を見送った。見送ったあと、降旗は大きなため息をつく。
「あんな推理できるとは思わなかったなぁ。全てお見通しってわけだったのか……」
「……まぁ……ね……」
 しばらくの沈黙。しかしその沈黙を破ったのは、意外にも江戸川の方だった。
「……如月先輩、すごかったけど……半分は勘とズルだったんだろうな……」
「え、なんで?」
「……最近、如月先輩が昼に部室に来て窓開けてるの思い出したんだよ……。放課後に暑い部室が嫌だからって……。だから、俺が三つ目の話で嘘ついてるの知ってたんだと思う……」
「……ははーん?」
 ってことは、明らかに嘘だった二つ目のジムの話を除けば、一つ目さえ嘘か本当か分かれば楽勝だったのだ。それで質問してみれば江戸川が即答というボロを出したが故に、如月は確信した。あとは簡単、降旗は一つ目の話が本当、二つ目の話が嘘。三つ目の話は嘘だろうが本当だろうが関係ない。自分の数字が1な以上、残りは2しかないのだから。
「……あと、推理してる時めちゃくちゃあの人手汗かいてた……」
「……」
「……緊張……したんだろうね……」
「……ポンコツ……」
 完璧かと思えばちょっと抜けているのが如月だ。やはりそこは変わらないらしい。
「嘘をつく時は真実に混ぜながら話すとバレにくい、か……。ってなると、三つ目の病気の話はちょっと真実だったってことだよね……」
「……そうなるね……」
 ミーンミンミンと蝉の鳴く声が窓を閉めていても部室に響く。取り残された後輩二人は、バッと顔を見合せた。
「え!?あの人なんか病気なの!?」
「……し、知らない……!健康体そのものって感じだけど……!」

 自称天才探偵如月仁。彼はあまりにも残念なイケメンであるはずなのに、時折魅せる知識は測定不能。どこまでが推理でどこまでか適当な勘なのかは、誰も知らない。ただ言えるのは、一番の謎は、彼自身だと言うこと。
 これから創作部に降りかかるであろう事件を、果たして彼は解決へと導けるのか。それとも、彼の望む迷宮入りとなるのか。そもそも、どうして彼はいつも迷宮入りにさせようとするのか。

 謎は、深まるばかり。

「あぁそうだ言い忘れてたからもう一度部室にこんにちはさせてもらうよ後輩くん達!先程の話を迷宮入りにして不安にさせてしまっては申し訳ないと思ってね!ただ、病気なのは本当なんだ。言うか迷ったのも本当さ。そして病気と伝えれば君たちはボクに優しくせざるを得ないだろう?なので今後存分に優しくしてくれたまえ!ちなみに病名は恋わずら」

 こんのポンコツ探偵、どうにか黙ってくれ!