嗚呼、雀よ。御前は非常に可愛らしい。其の可愛らしい見た目は心を潤し、又と無い幸福をもたらすであろう。然し乍ら今御前が食べている虫の死骸。其れは美味いのであろうか。可愛らしい見た目と反して少しばかりの畏怖の念を抱く。否、生命に何も嫌悪などは抱いてはおらぬ。雀、余は御前の生活がちびっと気になったのである。愛らしく、気高く、強く、生きている其の小さき体は、心は、如何程のモノか。
 これから夕餉というのに困った、余の足は道端で止まり動かぬ。雀は此方を気にもせず食に夢中であり、魅入る他無い。その時、
「おい、御前さんや」との声に顔上げ背後を見やると、見知らぬ御婆さんがいるので、雀をもう一度見てから御婆さんに向かった。
「どうした」
「何、何を見とるのかね、往来で立ち止まって」
「何と云われても、雀以外他無い。近寄るな」
 御婆さんが余の背後をちらりと横から見ると、
「なるほど」と其れ以上は近寄ろうとはせず、代わりに余に小指ほどの白米の握りを渡してくる。此れが何を意味するのか理解出来ぬが、悪意は無いであろう。直ぐに雀の方を指差して、
「放ってみな」と云う。
「此れをか」
「雀が喜ぶ」
 半信半疑の儘、雀の方にホイと握りを落とす。落ちた握りに雀は最初は羽を震わせ驚いていたが、暫し待ってから啄み始めた。食い掛けの虫の死骸の隣で、美味そうに白米を頬張っている。其の光景は面白く、興味深く、然して矢張り畏怖の念を抱いた。御婆さんがケラケラ笑って云う。
「雀は雑食さ。虫も食えば米も食えば、人間だって食うだろう」
「人間もだって?」
「そうさ。雀は何だって食うのさ」
「まさか」
 余は至って冷静に言葉を返した。そうでなければ座り込んでいただろう。正直な話、足が震え上がりそうな程怯えていたのだ。目の前の雀は可愛らしいが、だからこその恐怖が隣り合わせに居る。虫の死骸の様に、余も死骸に成れば此の光景に混ざり合うのだろう。すればまた、誰かが思うのだ。
 嗚呼、雀よ。御前は非常に可愛らしい。
 と。其れが人間ならば倫理を問いたくなるが、生憎と其の時既に余は死骸である。又、其れが人間とは限らず、虫や鳥や獣だって有り得るのだ。恐ろしい。
 なぜ雀が何でも食うのか尋ねようと隣を見ると、先程までの御婆さんの姿は無かった。更には雀の方を向けば、雀も何処かへ飛び立っていた。詰まるところ今此処に残されたのは、余と、虫の死骸と、少しの白米である。奇妙な組み合わせと云えば良いのか、何にせよ気味が悪くて仕方が無い。余はもう一度虫の死骸と少しの白米を見てから、帰るべき場所へと歩き出した。