今日もまた、差し出される手に自分の手を重ねる。
これが良い事なのか悪い事なのかわからない。
だから、今の自分が良い子なのか悪い子なのか。
……それを判断する自分も、誰かも、ここにはいない。
ここは、夢の中だ。
「夢に溺れる人魚姫」
はて。と辺りを見回す。たくさんの人がゾロゾロと歩いていて、私もその団体の後ろについて歩いていた。
ここはどこだ?と考えた数秒後、そうだった、入学式に行くんだったと理解する。
技術も魔法も進んだこの街の中心には、大きな大きな魔法学校があるのだ。
円型に創られたその学校は、到底人じゃ通れないほどの石壁に360度囲まれていて、中は見ることが出来ない。
その癖その学校には入口すらないから、足を踏み入れることすら困難とされていて、たくさんの人が挑戦をしては断念しているそうだ。
空から行こうとしても、巨大な雲?か何かが邪魔をするらしい。
ただ1年に1度だけ、その雲が見えなくなる人達が選ばれる。
それが私たち、今年の新入生だ。
入学通知書が届いた私たちは、指定された時刻に学校前に集まる。やっぱり変わらず壁に入口はないんだけど、どうやら上からは入れるらしい。その入口を見つけることが、私たちがこの学校に入る為の最初の洗礼というわけだ。
といってもまだ私たちはひよっこ。魔法なんてほとんど使えない。
そもそも空を飛ぶ術を知らない。
じゃあどうするのか?というのを、みんなで歩きながら考えていた。
ここで立ち止まっていてもしょうがないからだ。
すると、私は学校近くの高い塔のようなものを見つけた。
確か時間を告げる鐘があるんだっけ。
……あそこから学校の中見えないかな。
そんな提案を前を歩く人たちに伝えると、なるほどそれはいいねと賛同される。
早速私たちは高い塔に登った。
そこから見える景色は圧巻だった!
高い高い壁に囲まれていた中は、これでもかと言う程幻想的な光景だったからだ。
あれが、私たちがこれから通う学校。
ごくりと唾を飲み込む音が自分の中で響く。
さぁてあそこに私たちは向かうぞ、となってからは意外とトントン拍子で、各々が今できる小さな小さな魔法を重ね合わせていく。
そうして出来上がったロープを、えい!と学校の壁に投げると、魔法で出来たそれは、ピンと私たちとの間を繋いだ。
あとはもう、そのロープの上を箒でスルスルスルと滑るだけ。こういう遊具あったな、って思いながら私も進んだ。
パチリ。
はて。と辺りを見回す。見慣れた天井だ。
寝過ぎたから背中が痛い。
上半身を起こして、ぐっと上に伸びた。
それに伴い大きな欠伸がひとつ。
枕元に置いた携帯を手に取り、時間を確認したら『7:03』だった。
今日も規則正しい生活で何より。
と、ここでふと思い出す。
そういや入学式の洗礼面白かったなぁと。
あんな大きな学校初めて見たし、街自体もスチームパンクっぽくて最高だった。
入学用の服も魔法使いっぽくてオシャレだったし、鞄もよかった。
最高だったなぁ。
冷蔵庫から水を取り出して直飲みすると、冷たい水がたまらなく美味しくて、はっきりと目が覚めた。
覚めてもなお、興奮は冷めない。
塔から見た学校、あれどれくらいの規模だったんだろう。
東京ドーム何十個分くらいありそうだったな。
色んな事を学べる施設が整ってるんだろう。
水を冷蔵庫に戻して閉めて、またぐっと伸びをする。
大きな欠伸も、またひとつ。
仲間たちも、2、3人しか覚えてないけど仲良くなれそうだった。
みんなとんがり帽子が似合ってた。
私も、似合ってたかな?
洗面台で自分の顔を見ると、モザイクが必要なレベルの寝起き顔で、こりゃあ地上波NGだな……とか思いつつ顔を洗う。
地上波なんてでないけど、つい癖で地上波NGって言っちゃうんだよなぁ。
そういやあれから入学式ってどうなったんだろ。
キュッと蛇口を閉めて、ぽたぽたと水滴が落ちるのも構わずにまた鏡の自分を見る。
……やっぱりまだ地上波NGだな。
タオルで顔を拭いて、ふぅとベッドに腰掛けた。
そのままパタンと後ろに倒れる。
あれから入学式ってどうなったんだろ。
私はその先を知らない。
知る未来はやってこない。
なんならその世界の過去もない。
異世界に転生するストーリーを読むとよく考えるけど、現代に戻ってきてしまったら何も残っていないのはものすごく悲しいと思う。
まるで、どちらにもいらないと言われているみたいじゃないか。
異世界にも、現代にも。
……夢と現実も、全く同じなんだよなぁ。
夢から覚めたら、現実には何も無い。
いつも通りの生活は待っていても、あんなワクワクはやってこない。
いや、あるのかもしれない。現実にも。
でも思いつかないし思い出せないなぁ、今の所は。
今はまだ、夢に浸ってたい。
現実には私を必要とする人がいるのか探さないと見つからないけど、夢なら探さなくても見つかるんだ。
探さなくても居場所があるのは、いいよ。
それが悪い夢でも、多分。
……瞼が落ちる。
別に眠たくないんだけれど、意識を手放してしまいそう。
今寝たら、また夢を見れるかな。
どんな夢を見るのかな。
笑える夢だといいな。
夢の中だけでも、思い出を作らせて。
また、差し出される手に自分の手を重ねる。
私はきっと悪い子だ。
夢に縋って、現実から逃れようとしている。
現実に望むものが薄れていけばいくほど、生きていくのが退屈になるのはわかってる。
それでも私は夢を見たい。
光の届かない、海の底で。