舞台下手側に電灯、上手側に机と椅子とソファー。
明るくなると、“僕”が歩いてくる。
僕「例えばの話だ。例えば君が世界でもトップクラスの演技をしたとして、どれくらいのファンが付くんだろう?何万人?もっと?……想像がつかないけれど、それはきっとすごいことなんだろうね。でもそうしたら、僕は君に会うことは出来なかった。公演で1人で泣く君を、見つけることは出来なかった。君は、今でも僕の心の中でずっとずっと生きている。死ぬことは絶対にないんだ」
“僕”が椅子に座る。反対側から“私”が出てくる。
私「怖かった。段々と暗くなる舞台を観るのが怖かった。どうか終わらないでほしいとずっと願っていた。長くないことはわかっていた。それでも、私はまだスポットライトに照らされていたいと、強く願っていた。願うだけで、叶うかも……わからなかったのだけど。叶えばいいなと、思っていた」
“私”が電灯のそばに座る。一転、ゾロゾロと忙しそうに人間1から人間5が入ってくる。
人間1「小道具の台本ってソファーですよね?」
人間2「そうだよ、まとめて置いといて」
人間3「照明さーん!!もうちょいフットライトの位置動かせますかー!?」
人間4「あー、これ舞台の幅ちょい練習の時と違うね。全体的に奥に移動した方がいいかも」
人間5「衣装合わせ1幕分終わりましたぁ〜」
人間1「あっ、電灯なんですけど……」
人間3「照明さーん!!今手ぇ空いてるー!?」
人間2「照明班、今昼休憩ですよ確か。電灯の件はまた後ででも大丈夫?」
人間1「はい!」
人間4「すいません、椅子の位置とか諸々動かしても大丈夫っすか?」
“僕”、立ち上がり、電灯に近寄る。
僕「間違えたんだとしたら、どこからなんだろうね。僕は君で、それに代わりなどないはずなのに。君の全て、君の感情全てを、僕は、ずっと求めてた」
人間5「差し入れのアップルパイでぇーす!」
人間3「おっ、いいねー!」
人間4「ちょうど甘いもん食いたかったんすよ〜」
人間2「先、食べてくる?」
人間1「あ、いえ、自分はアップルパイ苦手で……」
人間4「なら2個食べちゃお」
人間3「ちょ、そこはじゃんけんっしょ!」
人間5「苦手な人ここにもいるんで、どーぞ!」
人間3「マジ?苦手なの意外かも!んじゃ、有難く〜」
舞台暗くなり、電灯にだけスポットライト。
私「心の底から溢れる感情は、私の体だけでは抑えることが出来なくて、苦しくなっていく。誰かに助けて欲しくて、でも手なんて伸ばせなかった」
僕「君は弱いから」
私「私は弱いから」
スポットライト消え、舞台明るくなる。
人間2「この休憩終わったら、2幕のリハで大丈夫ですか?」
人間3「オッケー、ならはやめに照明班とこ行かないとだな」
人間4「2幕リハって事は、あとであれ出しとかないと……」
人間5「手伝いますよ〜」
人間4「さんきゅ〜」
僕「幕は上がる。刻々とその時が近付いてくる」
私「幕は下りる。さいごまで全うしなければいけない」
僕「幕が上がるまで、何をしようかな。手紙でも、書いてみようか」
私「幕が下りたらどうしよう。その先の私は、どうなってしまうの」
僕「劇的な話なんてきっと僕にはやってこない。けど、君に手紙を書くことは出来るんだ」
私「そしたらまた私は舞台立てばいい。何度でも、何度でも」
僕「楽しみだなぁ」
私「幸せ……なのかな」
人間5「(人間1に)そういや2幕の衣装合わせ、まだだったよねぇ」
人間1「これの作業が終わったら、すぐ行きます……!」
人間5「はぁ〜い。じゃ、先に済ましちゃお〜っと」
人間2「そういえば衣装、ちゃんと変更されてるのかな……確かめるの忘れてた……」
人間3「お〜、あのセクシーなやつか?」
人間2「残念ながらセクシーではなくなりました」
人間3「嘘だろっ!?」
人間4「アップルパイ美味かった〜」
人間2から人間5、舞台から去る。
人間1、椅子に座る。
人間1「……」
人間1、机の中から手紙を一通だす。しばらく手紙を見たあと、ズボンのポケットに手紙を無理やり入れる。
そのまま立ち上がり、ソファーに散らばっている台本を綺麗に整える。
一息付き、電灯の方に歩き、電灯を見上げる。
人間1「……」
人間1、走り去る。
私「夢を見ていたかった」
僕「もう後戻りは出来ない」
私「未来を見つけに行くって」
僕「これは運命なんだ」
私が、僕を見る。
私「喜怒哀楽を、捧げたい」
僕もつられて、私を見る。
僕「喜怒哀楽を、感じたい」
明かり、少しずつ暗くなる。
私と僕、ゆっくり歩きながら去っていく。
私「アップルパイでも食べる?」
僕「僕、アップルパイは苦手なんだ」
私「私も苦手なんだよね……」
僕「そりゃそうだ!」
私「あははっ、なら代わりに何か食べたいなぁ」
僕「お弁当もあるらしいよ?」
私「え!やったー!お弁当なんて嬉しい!」
僕「いつもはないくせにね」
私「そんな事言わないで、今あることが事実なんだから!」
僕「まぁ、そうかも」
私「お腹すいてきた〜楽しみ〜」
僕「食べ過ぎは太るよ」
「一巻の終わり、一場の夢」[完]