クリスマスに1人で食べるケーキというのも、案外悪くない。
私は薄暗い部屋で、可愛くチョコでコーティングされたケーキをちまちまとフォークで突きながら、テレビから流れる音や映像をぼんやり受け入れる。
『メリークリスマス!』
『クリスマス、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?』
『クリスマスが終わればあっという間に正月ですよね』
今日はなんでもない平日。ただそこに、現実から逃れたい人間がイベントを重ねただけ。
……とか言いつつ、帰り道にちゃっかりクリスマスケーキを買った私も、現実から逃れたい人間のうちの1人なんだと思う。
テレビはどうやらバラエティ番組らしく、それがCMに切り替わる。そうだ、飲み物用意してなかったな。
ケーキが甘いから、無糖のミルクティーにしよう。そう思って冷蔵庫からペットボトルを出す。そのまま部屋に持ち込み、お気に入りのグラスに注ごうとしたら、思わず手が滑ってペットボトルごと床に落としてしまった。あぁ……せっかくこの前買ったばかりのラグに染みていく……。
どんどんとミルクティーが染みていくラグ。すぐに拭かなきゃいけないはずなのに、なんでだろう、手が動かない。むしろ、ペットボトルからどんどんと溢れていく液体を見れば見るほど、心の奥底からじんわりと忘れていた感情が溢れてきた。私は、一体なんなんだ。
クリスマスなのに約束のひとつもない、1人でケーキを買って食べて、飲み物をこぼして。現実から逃れたいから便乗したのに、こんな仕打ちなんてサンタさん、あまりにも非道じゃないですか。
ぎゅっと手を握れば、テレビの画面がジジっと少し大きな音を立てる。思わずテレビの方を向くと、昔ながらのCMが流れていた。
……去年もこのCMみたな、去年の今頃は、まだ……。
「……はぁ」
涙を流す気にもならない、こんな廃れた大人になるなんていつから思ってた?怖い上司から言われたことはなんだって笑顔で聞くし、苦手な後輩から嫌味のようなこと言われたって笑顔で受け流すし、結構立派にOLを全うしてるつもりだ。
こんなに頑張ってるのに、クリスマスプレゼントの1つもない、祝う友もいない、甘える彼氏もいない。どうして?
携帯の通知音が鳴る。
もしかして!と思いメッセージを開くと、「結婚しました♪」という言葉と共に指輪のつけた2人の手を写した画像がグループメッセージに流れていた。
「あー、はいはい。おめでとおめでと」
そこからたくさん流れてくるおめでとうのメッセージにするっと参戦して、携帯の電源を切ったあとにベッドに真正面からダイブ。
思い出せ、私。クリスマスはなんでもない平日だ。なんでもない、なんでもない平日。
「……」
じゃあ、なんでもない私は一体、なんの人生を送ってるんだろ。
もぞもぞ仰向けになれば、鼻にすぅっとミルクティーの香り。すっかり部屋に充満した香りは、無糖だからなのか、いやに私の頭を冷静にさせた。
……あぁ、そっか。
よいしょと体を起こして、部屋を見回す。お世辞にも綺麗と言えない、物が散乱した部屋。ミルクティーにまみれたラグ。なんだか楽しそうな特番が流れたテレビ。
私の人生きっと、劇的なストーリーはやってこない。
私がどれだけ悲劇のヒロインになろうが、残酷にも明日は普通にやってくるのだ。
いいじゃない。普通上等。自分のなりたい大人像なんてとっくに消えたけど、私は私のやりたいようにやる。もちろん、やれる範囲で。
明日からは意気込んで、怖い上司の意見は断って、苦手な後輩にそれつまんないよって言って、……とかは出来ないし、よーしそれじゃあ部屋を片付けて一念発起だ!ともならない私だけど。
それでいいじゃない!
ラグに落ちていたペットボトルを拾い、まだなんとか残っていたミルクティーをテーブルのグラスに注いで、ラグはくるくる纏めてゴミ袋にいれて、またテーブル前に座ってテレビを見ながらケーキをフォークで突く。
悪くないクリスマスよ。
誰かと過ごすクリスマスがあるなら、誰とも過ごさないクリスマスもあったっていい。
私にはもうサンタさんはいないけど、私が自分のサンタさんになればいい。また今度可愛いラグでも買いに行こう。
フローリングの床の冷たさがお尻に沁みるけど、これもクリスマスのアトラクションか何かと思えばきっと楽しい。
「って、クリスマスのアトラクションってなに?」
思わず吹き出す。今日はきっと、クリスマスにかこつけてなんでも許される日なのかもしれない。
そんなことを思いながら、ケーキの最後の1口を頬張った。ちょうどテレビでやっていた特番も終わったらしい。
このあとは……そうだな、ちょっと横になって、満足したらケーキの皿とか洗って、ゆっくりお風呂に浸かって、あがったらちょっといいフェイスパックを使おう。
今日はクリスマス。
幸せを運ぶサンタは、自分でこなすとしちゃいますか!