「ブンタごときに600円てありえんわ。タバコなんてとっととやめてしまって本当に良かった」
道端のタバコの自動販売機を覗き込む度に思う事。
因みに ”ブンタ” とはセブンスターの昔の俗称である。

40歳になる前にタバコをやめたという事は憶えている。
しかし、正確にいつだったという事はもう記憶の掘り起こし様が無い。
やめてから数年は「いつやめたか憶えているうちはまだまだ」が口癖だった。
そのうちに、記憶力の衰えも手伝ってか本当に日付どころか、何年経ったという事さえ忘れてしまった。

やめた理由はそれほど切羽詰まったものではなかった。
「取り敢えず100万貯めて何か今までやった事の無い事をやってみよう」ぐらいの感じだったと思う。
その「金を貯める」という、それまであまり熱心にしてこなかった事を始めるに当たって、それまでずっと続けて来た事を何か一つ断ち切ろうと思った時、すぐに思いついたのがタバコだったという訳だ。
いわば「生け贄」みたいなものである。
これを捧げるから、代わりに願いを叶えてくれみたいな。
ついでに言えば、酒は少々増えても良いからとアメも与えつつ。
ちなみに、金は1年で百万円貯まり、それで株取引を始めた。
日々のタバコ代が浮いただけでそれだけ溜まっていったという訳で勿論ないが、金を引き寄せるにはそれ相応の気構えが必要だという事である。

当時吸っていたタバコは主にキャメルだった。
一番好きだったのはインドネシアのグダンガラムだったが、日本だとかなり高いし吸える場所も限られるので (匂いが独特でお断りの店もあったほど) 、日常吸っていたのはキャメル。
そのキャメルが、当時250円だったのが280円に値上げされた。
それで同時に250円になったラークマイルドに変えてみたのだが、全然旨いとも思わずに惰性で吸い続けていた。
それで、「こんなんだったらもういいや、やめてしまおう」
と思えたのも良い後押しだった。
やめるなら、嫌いになるのが一番。
という訳で、これでやめようと思った時に手元にあった18本のタバコの1本に火をつけ、根元まで吸って最後の火で次の1本に火をつける、いわゆるチェーンスモーキングで18本吸い続けた。
最後は本当に吐きそうになった。
それきり、タバコは吸っていない。
そしてそれ以来、タバコの臭いを微かに感じただけでも、とても不快になる。

タバコをやめて良かったと最初に思ったのは、仕事の合間に休憩に入った時。
当時は派遣の様な仕事で、日々色々な場所に行っていたので、タバコを吸っていた時は現場に着いたらまず吸える場所を探さなければならなかった。
それが、場所を探すことも、そこから更に食事する場所に移動する必要も無くなった。
つまり、休憩時間を一箇所でゆっくり過ごせる。
これが最高だった。

先に書いた、タバコの臭いがちょっとしただけでもイヤになったという事に関してだが、以前タバコを吸っていたくせに自分勝手を承知の上で書く。
タバコを吸っている人間は「ここまでしたら精一杯気を遣っていると周りの人も思ってくれるだろう」という“ここまで”のレベルがあまりにも低過ぎるのだ。
煙だけの問題ではない。
その息、その服から立ちのぼるほんの少しの臭いでさえ、吸わない人にとっては苦痛なのである。
僕もタバコを吸っていた当時は、歩きタバコをしながら他の人に当たらない様にと掌で覆って持っていたり、人のいない方向に煙を吐いたりして周りに気を配っていたつもりでいたが、それらもやめてから考えると恥ずかしくなる程とんでもなく低レベルな話だった。
灰を落とせば風で飛び散ってどこに行くか分からないし、上や横に向かって煙を吐こうが、後ろを歩いている人には絶対に煙が漂って行く。
つまり、往来の中では他人に迷惑が掛からない場所もタイミングなんて無いのだから、吸う事自体やめるべきだ。
携帯用吸い殻入れを持っている事など何の免罪符にもならない。

ここで、タバコをやめてから最も気分の悪かった喫煙者の話を書いておこう。
もう十数年も前、当時僕は東京の羽田空港で働いていた。
当時品川区に住んでいた僕は、健康のためと交通費節約を兼ねて、東京モノレールの「流通センター」という駅まで自転車で行き、そこからモノレールに乗っていた。
朝5時台というかなりの早朝である。
旅行者もまだそんなに乗っておらず、車内はガラガラのことが多かった。
ある日、いつも通り自転車で駅に着き、定期券で自動改札を通り抜けてホームまでの階段を上がっていると、珍しく僕の前を歩く人がいる。
ただでさえ利用者の少ない早朝のモノレールで、ましてや倉庫街にある駅なので、これまでこの時間に他の利用者など見た事が無かった。
「この時間にここで人を見かけるなんて初めてだな」と思いながらその背の高い男の後ろ姿を眺めていると、なんとタバコを吸っているのである。
もちろん、駅構内は禁煙だ。
僕は彼の後ろを歩いていたので、自然と煙が漂って来る。
僕はホームでその男を追い越し、その際「ここは禁煙だよ」と言ってやった。
・・・
反応なし。
僕はホームの羽田寄りの一番端の乗車位置に立ったが、その男は少し離れた壁に寄り掛かってそのままタバコを吸い続けていた。
「言葉通じねぇのかよ」
これは僕の、相手にも聞こえたかもしれない独り言だ。
すぐに、いつも通りガラガラのモノレールが駅に入ってきた。
車内は一部が二人掛けで、ほとんど四人掛けのボックス席になっている。
そして、空いている車内ではボックス席を一人締めできるのが常であった。
僕がボックス席の1つに座ると、なんとその男が同じボックス席に座ってきた。
誰もいないボックス席が他にいくらでもあるのにである。
何か話掛けてくる訳でもなく、完全な嫌がらせだ。
それにしても、その男は身体がデカい。
早朝の倉庫街から乗ってくるという事は、倉庫会社の社員なのか?
その周囲を威圧する様な態度で、日頃から仕事場でも我が物顔にしているのだろうか?
まぁそんな事はどうでもいい。
結局その男とは車内では一言も口をきく事もなく、ガラガラの車内の一つのボックス席で野郎二人、黙って対角線に座ったまま羽田に到着した。
その男は定期券は持っていないらしく、有人改札で駅員に声をかけていた。
因みに流通センター駅は早朝は無人駅で、切符を買う必要のある利用客は解放されたままの自動改札を通り抜け、降りる駅で清算するシステムになっている。(現在はどうなっているか知らない)
そこで僕はわざと有人改札寄りの自動改札を通り、その男に対応していた駅員に向かって
「コイツ、駅のホームでタバコ吸ってて、注意したら嫌がらせしてきたんだよ。なんか言ってやってよ」
と声をかけて出てきた。
もちろんその男にも聞こえる様に。
そうしたらその男はじっとこちらを睨みつけながら、「殺すぞ」と威嚇してきた。
僕は「こっえ〜」と、肩をすくめてその場を立ち去った。
結局日本人だし(苦笑)
清算が済んでいないその男は、よほど逆上でもしない限り、いきなり僕を追いかけて来る事はないだろう。
空港関係者が利用客と揉めているところを警察や警備員等に見つかったら、こっちも面倒な事になる。
いくら何でもこれ以上はヤバい。
運の良いことに、その後空港内でその男と鉢合わせになるなどという事はなく済んだ。

その男は流通センターの倉庫会社からどこかへ、早朝から出張でも行ったのか、あるいは逆に地方から出張に来ていて、その朝地元に帰って行ったのかは知らない。
その男が今でもタバコ吸っているとして、今の時代をどう感じているのだろうか。
あの日の事を彼も思い出す事はあるのだろうか?
いずれにしてもこの文章をもし彼が読んだとしたら、あの日の自分の事だとすぐに分かるはずである。
だって脚色も何もない、事実そのものだから。
そうだろう?

この事が喫煙者に対する一番不快な思い出として残っている。
今思い出してもかなりむかつくが、それをここに書き記す事によって、この先はもうあまり思い出すことも無くなるかなと思う。

施設内も飲食店内も完全禁煙の所が多くなる中、最近路上喫煙がひと頃よりまた増えてきたような気がする。
本当にやめて貰いたい。
これだけ喫煙可能な場所が減ったのは、喫煙者のマナーの悪さもかなり原因になっているはずである。
自分達で自分達の首を絞めてきた訳だから、良い加減にすればと言いたい。
喫煙者の身体の心配などしていない。
とにかくタバコの臭いが不快なのである。
田舎じゃどうか知らないが、街中は「ここでタバコが吸える」と明記されているところ以外は全て禁煙だと思って貰いたい。

以上