- せんせい。 (新潮文庫)/重松 清
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先生、あのときは、すみませんでした―。
授業そっちのけで夢を追いかけた先生。
一人の生徒を好きになれなかった先生。
厳しくすることでしか教え子に向き合えなかった先生。
そして、そんな彼らに反発した生徒たち。
けれど、オトナになればきっとわかる、あのとき、先生が教えてくれたこと。
ほろ苦さとともに深く胸に染みいる、教師と生徒をめぐる六つの物語。
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「ビタミンF」でその良さを再認識させられた作家、重松清さん。
本作でも良いエピソードが満載。
そんな中でも「にんじん」というエピソードが特に良い。
主人公の若手教師である工藤は、転勤するベテラン教師の風間から
6年生になるクラスを引き継ぐ。
「ユウ、キョウ、ダン!」
すなわち友情、協力、団結を合言葉によくまとまった素晴らしいクラス。
そして担任だった風間先生が大好きなクラス。
小学生も6年生ともなると、良い意味でも悪い意味でも大人びてくる。
そんな時期だから、そんな善意だらけのクラスってある意味
ファンタジーだ。
さすがは風間先生の最高傑作。
理想としては、小学生くらいの子供には皆そうあって欲しいものだけど。
子供の時、せめて小学生の時くらいまでは、世の中の汚い部分なんて
出来る事なら感じて欲しくないからなぁ。
どっちみち進学し、社会に出て、大人になっていくにつれて、
否が応にも体験していくものだし。
急いで大人になる必要は無いのだと、今は思う。
子供は子どもらしい方が絶対良い。
そんなクラスを引き継いだ工藤は、初めての高学年の担任である事に
加え、風間先生と比べられる事のプレッシャーを感じずにはいられない。
そんなクラスの中で、なんの理由もなく工藤に嫌われてしまった児童。
その子を心の中で「にんじん」と呼ぶのだった。
なんとかクラスの児童とうまくやっていく工藤だけど、「にんじん」には
キツく、冷たく扱い、嫌い続けていく。
まるで生贄であるかのように。
当然ながら教師も一人の人間。
人に対しての好き嫌いもあるのが自然。
たとえその対象が生徒であっても。
多くの人が心に感じた事があるであろう、教師のえこ贔屓。
または周りに比べ自分には厳しくあたられているような感覚。
もちろんあってはならない事だし、教師もそれを抑え、出来るだけ
平等に振舞おうという意思はあるはず。
でもちょっとした言動の端々から、感情が漏れ出してしまう。
工藤もそういった、ある意味ではごく普通の教師だったのだろう。
20年の年月が過ぎ、彼らの同窓会に招待される工藤。
「にんじん」に対しての振る舞いにずっと後悔の念を持っていた。
彼の心境の変化のきっかけは子供の誕生。
自分の娘をかけがえの無い存在だと感じるように、にんじんの
両親もまた、にんじんに対してそう感じていただろうと。
その事に気づいた工藤は、長年に渡り苦しんだ様子。
そんな彼ににんじんは言う。
恨んではいないと。
教師になった自分は、教師は完璧な人間しかなれる訳では
ないという事を工藤から学んだのだと。
そして、自分の息子が工藤のような事を担任にやられたら
絶対に許さないと。
そんな罰を与えられる事で、救われた思いになったという工藤。
確かに、この事で彼は救われたんだろうなと。
自責の念を持っている人にとって、必要なのは許しの
言葉だけではないという事。
そして、謝罪の言葉が不要…というよりも、むしろ無い方が
良い事もあるという事。
そんな事もきっとある。
多分、にんじんは工藤を反面教師として、そして子供達に
自分のような思いをさせたくない思いで教師になったのだろう。
そして教師となって、工藤の振る舞いの理由を知ったのだろう。
子供が大人になり、大人の心境を理解していく。
なんだか素敵だ。
大人は子供が思っているほど大人ではない。
教師もまたそんな大人の一人だ。
尊敬できた先生、親しみを感じた先生、怖くて恐れた先生。
適当な距離を保った先生、正直失望感を感じさせた先生。
思えば色々な先生との出会い別れがあった。
年をとるにつれて、あの頃の先生、あの頃の大人達の
気持ちを分かってあげれるようになっていくのだろうと思うと
歳をとるのも悪いことばかりじゃない。
他のエピソードも面白いし、心地良い読了感。
そして色々と考えさせられる。
オススメの一冊。