第65回 代表曲と売れた曲は一致するのか

 

小泉今日子

現在でもその言動が注目される大スターですが、82年組といわれた群雄割拠の中から抜け出て、トップへのし上がっていったのは、なんといっても自己プロデュースに長けていたというのが大きいよう思ってます。歌手としても長期間にわたってヒット曲を出し続け、聖子・明菜に続く存在となったその軌跡を、セールス実績とあわせてみていきます。

 

【古き良き歌謡曲の正統派アイドル路線】  1982~1983年

「私の16才」「素敵なラブリーボーイ」「ひとり街角」「春風の誘惑」

いわゆる82年組の一人として、デビュー時から注目はされていたものの、デビュー初年度はまだまだ横一線といった感じでした。髪型は聖子ちゃんカット風、曲も最初の2曲はちょっと古さを感じるカバー曲と、ちょっと古風な正統派路線を目指しいてる感かありました。4th「春風の誘惑」で初のオリコントップ10入りを果たすなど、順調ではありましたが、突き抜けるにはまだ何か足りない感はありました。

 

【ディレクター変更でイメチェン、女の子3部作】  1983年

「まっ赤な女の子」「半分少女」「艶姿ナミダ娘」

ところが5th「まっ赤な女の子」でガラッと曲の雰囲気が変わると、髪もバッサリとショートに。プロデューサーが変わったことも影響しているのでしょう、超正統派から独自の方向へと舵を切り始めたのですが、それが奏功したのでしょう。セールス面でも20万枚、30万枚を突破。〈女の子〉〈少女〉〈娘〉の3部作で、一段階上のステージへと昇って行った感がありました。

 

 

【キャッチーなタイトルで独自路線を追求】  1984年

「クライマックス御一緒に」「渚のはいから人魚」

「迷宮のアンドローラ」「ヤマトナデシコ七変化」

独自路線の追求はさらに拍車がかかり、シングルもキャッチーで独特なタイトルが並ぶようになります。なかなか他のアイドルちゃんたちには歌えなさそうな作品を、さらりと自分のものにしているようなところで、KYON2らしさというものが鮮明になっていきます。そして「渚のはいから人魚」で初めての1位を獲得すると、以降は12インチものを除いて、1位獲得が連続して続くことになります。

 

【新しい路線への試行錯誤】  1984~1985年

「The Stardust Memory」「常夏娘」「ハートブレイカー」「魔女」

小泉今日子の世界をとりあえず固めたあとは、そこからさらにそれを広げていこうと、いろいろなタイプの曲への挑戦が始まってきます。高見沢俊彦作曲で少し大人っぽい雰囲気の「The Stardust Memory」、対照的に遊び心いっぱいの夏歌「常夏娘」、再び高見沢俊彦と組んだドラマティックな「ハートブレイカー」、松本隆らしい歌詞が魅力の「魔女」と、それぞれ違った世界観の作品に取り組み、結果を残していきました。

 

 

【アイドルとしてのひとつの到達点】  1985~1986年

「なんてったってアイドル」「100%男女交際」「夜明けのMEW」

「木枯らしに抱かれて」

当時はアイドルが自分を〈アイドル〉ということはほとんどなかったのですが、アイドルが自称アイドルと言い出すようになったのは「なんてったってアイドル」以降でしょう。このある意味吹っ切れたような作品は、アイドルとしての新しい形を示したという意味で、アイドル歌謡にとってもポイントとなる一曲でした。さらに3たび高見沢俊彦と組んだ「木枯らしに抱かれて」が片想いの気持ちをせつせつと歌うことで、女性ファンを取り込んでいくことに成功。この2曲によって、アイドル小泉今日子としては、ひとつの到達点になったと考えます。

 

 

【脱アイドルをめざした音楽性の追求】 1987~1989年

「水のルージュ」「スマイル・アゲイン」「キスを止めないで」

「GOOD MORNING-CALL」「怪盗ルビイ」「Fade Out」

アイドルとしてやることをやり切ったあとは、アーティスト志向がやや強い楽曲が選ばれていくことになります。「水のルージュ」「Fade Out」といったそれまでにない、雰囲気重視の楽曲や、小室哲哉作曲「GOOD MORNING-CALL」、大瀧詠一作曲「怪盗ルビイ」といった新規の作家との取り組みなど、いろいろなことに挑戦して、シンガーとしての引き出しを大きくしていこうといった試みがみられました。

 

【一転して楽しさの追求】  1989~1990年

「学園天国」「見逃してくれよ!」「La La La・・・」「丘を越えて」

ところが一転、フィンガー5のカバー「学園天国」、コミカルなCMソング「見逃してくれよ!」と、またエンタメに振った2曲を投入することで、また目先を変えて来るのです。ただ「La La La・・・」「丘を越えて」の2曲は、ギリギリトップ10になんとか引っかかる最高10位という成績で、12インチシングルを除くと、デビュー曲以来の売上10万枚切れとなり、いよいよ小泉今日子も落日の時が来たのかと思わせる低迷となりました。

 

【シンガー小泉今日子として再び上昇】  1991~1995年

「あなたに会えてよかった」「自分を見つめて」「優しい雨」

「My Sweet Home」「月ひとしずく」「BEAUTIFUL GIRLS」

ところがなんと、ドラマの主題歌として出した「あなたに会えてよかった」がキャリアハイどころか、ミリオンセラーを達成する大ヒットとなります。まさに歌手小泉今日子として大復活を果たすわけで、以後CD景気も手伝って、アイドルバリバリの時代を超える売上を「優しい雨」「My Sweet Home」などで残すことになりました。

 

【女優業への完全移行】  1996~1999年

「オトコのコ オンナのコ」「Nobody can,but you」「for my life」

しかしながら、この頃になると、キャリアの軸足は大部分を女優業に移行していき、シングル発売のペースも落ちていく中、セールス的にも急激に低下していきます。20世紀の最後を区切りに、新曲のリリースはぱたりととまってしまいました。

 

【朝ドラで復活】  2013年~

「潮騒のメモリー」「T字路」

まあ、ここの復活はおまけのようなものでしょう。本格的に復活というよりは、企画もの的な意味合いが強いかもしれません。それでもチャート2位に入り込んだというのは、かつてのファンにとっては嬉しいことだったのではないでしょうか。

 

■売上枚数 ベスト5   

1 あなたに会えてよかった 105.4万枚

2 優しい雨 95.9万枚

3 My Sweet Home  44.7万枚

4 迷宮のアンドローラ 37.7万枚

5  The Stardust Memory  37.4万枚

アイドル全盛期の1980年代ではなく、1990年代になってリリースした3曲がベスト3となっていて、4位、5位にようやく1980年代の作品が入ってきます。その中でも「あなたに会えてよかった」は納得感があるのですが、あの曲もあの曲もベスト5に入っていないのは、意外な感もありますね。

 

■最高順位 

1位 …  渚のはいから人魚、迷宮のアンドローラ、ヤマトナデシコ七変化、

     The Stardust Memory、常夏娘、魔女、なんてったってアイドル、

      水のルージュ、キスを止めないで、見逃してくれよ!、

      あなたに会えてよかった

全11曲で1位を獲得。2位も8曲と、さすがの実績を示しています。1位を獲得したシングルの発売年をみても、1984年~1991年に分散していて、いかに息長くトップで活躍していたかもわかります。

 

■代表曲

1  なんてったってアイドル 

2  あなたに会えてよかった

  木枯らしに抱かれて

・・・

4  渚のはいから人魚、学園天国、優しい雨

上位3曲は接戦ですが、KYON2を象徴するのはやはり「なんてったってアイドル」ではないでしょうか。あとはミリオン達成の「あなたに会えてよかった」、今でも人気の高い「木枯らしに抱かれて」もよく聴かれる曲です。

 

 

■好きな曲 ベスト5

1 夜明けのMEW

2 魔女

3 木枯らしに抱かれて

4 半分少女

5 ハートブレイカー

番外 夏のタイムマシーン

眠れない夏の夜にもんもんと終わった恋を想うけだるさがなぜか心地よい「夜明けのMEW」を一番にしましたが、後になって良さが分かった「魔女」の可愛らしい歌詞も捨てがたいです。高見沢俊彦の「木枯らしに抱かれて」「ハートブレイカー」も好きですし、「半分少女」もイントロを含めて気に入っています。なぜかアルバム扱いになってしまった「夏のタイムマシーン」も本来なら入れたかった作品です。

 

売上上位をみたときに、「あなたに会えてよかった」は確かに代表曲の一つですし、一番売れてはいますが、「なんてったってアイドル」「木枯らしに抱かれて」「学園天国」といったところが、売上5位にはいってこないのですよね。そういった意味では、リリース当時の勢いと、後になっての評価とは、必ずしも同じではないようで

結論:売上上位と代表曲とは必ずしも一致していない