80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.342

 

メモリーグラス  堀江淳

作詞 堀江淳

作曲 堀江淳

編曲 船山基紀

発売 1981年4月

 

 

声、髪型、ルックス、名前と性別不明な中性的雰囲気で独特の世界観を築き上げた堀江淳一世一代の大ヒット曲

 

 

 最初に『メモリーグラス』を聴いたのは多分ラジオだったと思いますが、まず思ったのが、この人は女なのか男なのかということでした。名前が男でも女でもあり得る“ジュン”という名前で、歌声は透き通るような高い声、歌詞は女性が主人公の女歌でしたから、どちらかというと女性かと思ったぐらいです。そして実際にテレビの歌番組に出ると知り、これで答えがわかるかと思いきや、華奢で髪が長く、パッと見には男女どちらにも見えるような中性的なルックス。一体どっちなんだと謎が深まるばかり。ただ司会者との会話を聞いていると、どうやら男らしいということが、ようやく分かってきたというような、そんな感じだったのを覚えています。

 

 『メモリーグラス』はそんな堀江淳が唯一大ヒットさせた曲であり、典型的な一発屋となったわけでしたが、前述のようなインパクトのある雰囲気で、テレビのランキング番組で毎週歌うようになり、この一曲だけでも、当時中学生だった私には強烈な印象を残したのです。よく裏声で『メモリーグラス』を歌って、堀江淳の物まねしてみたりもしましたね。そしてこの曲は最終的にはオリコン3位、売上53.5万枚という実績を残したのでした。

 

 この曲のヒットはもちろん堀江淳のインパクトのある雰囲気も一役買っているのは間違いないでしょうけれど、曲自体がかなり広い層に受け入れられたというのもあるでしょう。10代の私達にしてみれば、男のくせに女のような声と風貌で歌う変な歌手という好奇心を掻き立てるようなところがありましたし、ちゃんと音楽として聴けば、女性の歌を女性のような声で男性が歌うというスタイルがまた新鮮で面白かったというのもあるでしょう。またメロディーも覚えやすく、歌うとなぜか気持ちよいというのもありました。そしてお酒と失恋をテーマにした歌詞がどことなく演歌的で、普段演歌を聴いているようなアダルト層にも受けいれやすかったというのもあったのではないでしょうか。こうして子供から年配層までにアピールできる要素を持っていたことで、堀江淳の『メモリーグラス』はロングヒットに繋がったと私は考えます。

 

 実際の歌詞をみても、いきなり冒頭で

《水割りをください 涙の数だけ 今夜は思いきり 酔ってみたいのよ》

といきなり昭和歌謡曲の定番のようなフレーズで始まります。失恋して傷ついた心を、酒を飲むことで思い出しては忘れようとする、これはまさに演歌の世界です。小林幸子『おもいで酒』、渥美二郎『夢追い酒』、細川たかし『北酒場』、吉幾三『酒よ』、八代亜紀『舟唄』…1970年代後半から1980年代に流行った酒をテーマにした大ヒット演歌の数々…、メモリーグラスの詩の世界は、そんな演歌で歌われたものとまったく同じなのですよね。

《ねえ キラキラと輝くグラスには いくつの恋が溶けてるの》

《水割りをください 涙の数だけ あいつなんか あいつなんか あいつなんか 飲みほしてやるわ》

《水割りをください 想い出の数だけ 今夜はいつもより 夜が長いから》

《ねえ その歌をかけるのはやめてよ グラスの中薄くなるから》

長い夜、女一人、バーのような酒場のカウンターで、ただただ飲み続ける様子が、とてもわびしく伝わってきます。女性が一人だけで酒場で酒を飲むなどという行為が、まだまだ特異な感じを受けるような時代、そのような女性はきっと水商売の女性ではないかって、そんな偏見のようなものも少なからずあったでしょう。ただ演歌のような重い感じではなく、悲しげだけれどテンポの良いキャッチーなメロディーに乗せて、堀江淳のような優男風の奇麗な声で歌われると、この歌の女性はごくごく普通のOLさんのようなイメージに感じられてくるのです。このように、演歌で歌われていた世界をポップスの中に引き込んできたようなところで、『メモリーグラス』は幅広い層に受け入れられて、大ヒットに結びついたような、そんな気がします。

 

 ただ堀江淳、この次の『ルージュ』(1981年9月)は最高47位と振るわず、オリコントップ100入りも結局この2曲まで。典型的な一発屋の道をたどっていくことになるのです。ただ後年、懐メロ番組などで時々登場し、この当時の話をしたりもしていたのですが、それによるとこの『メモリーグラス』の印税はかなりのものだといってましたから、やはり一発当てたということは大きいということなのでしょう。