80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.305

 

シグナルの向こうに  吉沢秋絵

作詞 谷穂ちろる

作曲 中崎英也

編曲 瀬尾一三

発売 1987年5月

 

 

おニャン子から2番目にソロデビューした吉沢秋絵、勢いに陰りが見えた時期で売上にはつながらなかったものの、埋もれさせたくないせつない恋の佳曲

 

 おニャン子クラブから最初にソロデビューしたのは?と聞かれると、河合その子というのはだいたいすぐに出てくるものと思われます。いよいよソロでもレコードを出すのかという最初の印象は強かったですからね。では2番目は?と聞かれると、新田恵利?、いやいや彼女は3番目、ならうしろゆびさされ組?、確かに河合その子の次にレコードは出しているけれど、ソロじゃないでしょ、となってしまうのです。実は2番目にソロデビューしたのは吉沢秋絵でした。1985年11月に『なぜ?の嵐』でソロデビューしたのです。どういった基準でソロデビューさせていったのかよく分かりませんが、単純に人気順といった具合でもなさそうです。実際『なぜ?の嵐』はオリコン最高8位と、それほど売れたわけではありません。

 

 ところが1986年になると、おニャン子からソロデビューすれば、誰でも彼でもオリコン1位を獲得するという状況の大ブームが到来し、吉沢秋絵も2nd『季節はずれの恋』(1986年3月)、3rd『鏡の中の私』(1986年9月)と連続して1位を獲得するに至り、おニャン子人気の絶頂の中で、吉沢秋絵もその一翼を担ったわけです。特に『季節はずれの恋』は売上も28.0万枚とかなりの枚数を売り、数字だけでは完全に主力級。ただ4th『流星のマリオネット』(1986年12月)は最高5位と勢いにも陰りが見え、実際にこの『流星のマリオネット』が最後のトップ10入りシングルとなったのです。

 

 実は今回取り上げたのはこの次の5thシングル『さよならの向こうに』で、この曲はトップ10にも届かない最高13位で終わった曲なのですが、敢えてこの人気低下後の曲を選んだかというと、これがかなり良い曲なのです。一旦人気が低下してしまうと、聴いてもらう機会も減りますし、人気低下したアイドルのレコードを買うのにも躊躇してしまうところもあって、結果として余計に売れずに埋もれてしまう運命なのですが、それにしてはもったいないと思うのですよね。もしこれが2ndシングルあたりで来ていたら、もう少したくさんの人の印象に残ったのではないかって思うのです。

 

 やはりなんといっても中崎英也の作る切なげなメロディーが素晴らしいでしょう。個人的に中崎英也の作る曲が当時好きで、正直なところ私好みのメロディーというのはあるのですが、でも良いものは良いのです。以前も取り上げたので他のラインアップはここでは挙げませんが、良い曲をたくさんかいている作曲家さんなのです。そしてそのメロディーに合う哀しい恋の詩を載せたのが、谷穂ちろるでして、吉沢秋絵に関しては4th、5thシングルの作詞を秋元康に変わって担当しています。

 

 そんな谷穂ちろるによる歌詞は女性目線でさよならの瞬間を描いていて、ちょっとした映画のワンシーンのような情景が浮かぶような歌詞になっています。

《そっとさよなら 夕陽のベール 舗道にひるがえる》

《行きかうライト 消えゆく星のようね》

《恋見送る 私の泣き顔を 探さないで 夏が始まる》

《悲しみを胸に閉じこめて 交差点駆けだす》

《人ごみに隠れ 振り向けば 向こう側あなたは立ち尽くして》

《せめてかすかに 左指でシグナル送るから》

《肩先に瞬間の南風 叱っているのね 私の弱い心》

初夏の夕暮時、泣き顔で別れを告げたあと、交差点の向こう側へ駆けだす情景が浮かんできませんか?季節感、時間、色彩、風景、心情、そういったもののすべてがこの歌詞の中で映像的なものととして浮かび上がってくるのです。そしてそれにぴったりと合った切なく美しいメロディー。惜しむらくは吉沢秋絵の歌唱力がもう少しあったらなとは思いますが…。

 

 ただ下降線に入っていた中では、やはりあまり売れなかったのです。繰り返しになりますが、やはりもっと早くこの歌が切られていたら…とは思ってしまうのです。