80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.289
乙女日和 水谷麻里
作詞 松本隆
作曲 筒美京平
編曲 武部聡志
発売 1986年9月
短い期間で芸能界を駆け抜けたファニーフェイスが魅力のアイドルの、思春期の女の子の微妙な恋心を歌った一曲
1986年3月『21世紀まで愛して』でアイドル歌手デビューを果たした水谷麻里。ファニーフェイスで親しみやすい雰囲気で人気を呼び、デビュー曲からオリコン最高16位と上々のスタートを切りました。続く2ndシングル『地上に降りた天使』(1986年7月)は彼女の雰囲気にピタリと合った可愛らしい曲で、こちらもデビュー曲と同じオリコン16位ながら、売上枚数を伸ばし、水谷麻里の中で枚数的には最も売れたシングルになったのです。そしてホップ、ステップときて3枚目のシングルになったのが、今回取り上げた『乙女日和』で、この曲は初めてオリコントップ10に入る9位を記録しました。
このデビューから3作はいずれも作詞松本隆、作曲筒美京平という黄金コンビによるもので、いかに水谷麻里を売り出すために力が入っていたかがうかがえます。1986年といえばおニャン子全盛期。おニャン子のメンバーが代わる代わるチャート1位を獲得し、その中でデビューした女性アイドルたちは、なかなか売り出すのが大変でした。同じ年デビューのライバルたちといえば、島田奈美、杉浦幸、西村知美、藤井一子、伊藤智恵理、相楽ハル子、山瀬まみ、八木さおりらで、この中で年内にトップ10に入ったのは杉浦幸と西村知美の二人だけ(島田奈美は1987年にトップ10入り)。やはりおニャン子勢に押され気味といったところは否めなかったのですが、そう考えると水谷麻里のトップ10入りは大健闘といってもよいでしょう。
その『乙女日和』は女の子らしい可愛らしく優しい歌詞なのですが、やはりそこは松本隆。この主人公のいる情景がいろいろと浮かんでくるのです。基本的にはさよならの歌。といっても長く続いた恋人どうしというよりは、友達同士からようやく付き合い始めたぐらいの間柄ぐらいでしょう。ところが
《そうよあなたが あなたが無理にキスしたせい》
と、相手の男の子が気持ちを抑えきれずに、強引にキスをしてきたのです。それまでは楽しく笑い合っていたのが、急な出来事に驚き、はねのけたりしたのでしょう。彼女にとっては、まだ早いという感覚だったのかもしれません。それとも強引さがまずかったのでしょうか。いずれにせよ
《乙女心は晴れのち雨 変わりやすくて 変わりやすくてごめんなさい》
《友達のままでいられたらもっと 長く続いたの もう戻れない》
とTHE END。元の友達には今さら戻れないと、バスの中で別れの手紙をしたためているというわけなのです。男からしたら、乙女心を理解しきれなかったということですね。そんな思春期のうぶな恋愛を唄った『乙女日和』は、水谷麻里のほんわかした空気感にも合って、ヒットに結びついたのでした。
この後水谷麻里は作詞作曲を別の作家に変えて『春が来た』(1987年1月)、『ポキチ・ペキチ・パキチ』(1987年4月)、『バカンスの嵐』(1987年7月)と、計4作続けてシングルチャートのトップ10を果たします。当時のアイドルたちがしのぎを削っている状況を考えると、健闘したといっていいでしょう。ところがこれから活躍の場をどう広げていくのかと思われた矢先の1988年の春で芸能活動を休止し、1990年には結婚で正式に引退となったわけです。現在も表舞台に出ることはないだけに、あっという間に駆け抜けたアイドル水谷麻里の存在が、まるで幻のようにさえ思えてくるのです。