80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.117

 

すずめ  増田けい子

作詞 中島みゆき

作曲 中島みゆき

編曲 青木望

発売 198111

 

 

 

ピンクレディー解散後、幸先の良い再スタートとなった中島みゆき作詞作曲による、ケイちゃんソロデビュー曲

 

 19813月に解散したピンクレディーのケイちゃんとして一世を風靡した増田恵子。当時の表記は増田けい子と、ひらがなを使っていました。デュオとして社会現象を巻き起こすほどのヒット曲を連発したピンクレディーですが、1979年あたりから人気は下降線をたどり、ついに解散に至ったわけです。しかしその解散から数か月で、先にソロ歌手としてのデビューを果たすことになったのが、ケイちゃんの方でした。果たしてソロ歌手として成功できるのか、歌は売れるのか、本人はもちろんでしょうが、一般人からみても、期待半分不安半分という感じで、彼女の再スタートを見守っていたところはあったでしょう。そのソロデビュー曲として選んだのが、中島みゆきの曲でした。

 

 当時の中島みゆきは、自身で作って自身で歌うシンガーソングライターとしての評価に加え、他の歌手に楽曲を提供する作詞家、作曲家としての評価も固め始めていた、そんな時期でした。研ナオコ『あばよ』『かもめはかもめ』、桜田淳子『しあわせ芝居』『追いかけてヨコハマ』がヒットし、中島みゆきに曲をかいてもらえばヒットの確率も高くなるのでは?と考えたかどうかは分かりませんが、ピンクレディーとは一線を画した楽曲で、旬の作詞家・作曲家兼アーティストということで起用したようなところでしょうか。

 

 『すずめ』は中島みゆきらしく“暗い曲で、恋の終わりを歌詞にした作品です。ですから、激しく踊り倒していたピンクレディーのときのイメージとはまったく逆のタイプの楽曲で、増田けい子は勝負をしてきたということなのです。もっとも、ピンクレディーにおいても、低音パートを歌っていて、もともとが声も低く、ミーちゃんと対比すると、「明と暗」の「暗」的な立ち位置でしたので、違和感はなかったですね。そして結果として、オリコン最高9位、売上26.7万枚と、まずまずのヒットをとばすことになったのでした。テレビのランキング番組にも登場し、おそらくホッとしたのではないでしょうか。

 

 ただ前述のように、歌としてはかなり暗いです。いきなり始まりが《別れの話は陽のあたる テラスで紅茶を飲みながら》で始まり、《別れの話をする時は 雨降る夜更けに呼ばないで》とたたみかけられ、《あなたと私の一生が 終わるように響くから》で、ドスンと落とされます。そして《あなたのそばを離れたくない》くせに《はしゃいでるばかり》と雀に自分を例えて自虐的になっているところが、さらにせつなさを誘うのです。加えて《あなたにもらったパステルの 私の似顔を捨てたいわ 焼くのはあまりにつらいから 夜の海に捨てたいわ》ですって。とにかく歌詞も暗ければメロディーも暗い、そしてボーカルも暗い、しかもかつてのピンクレディー時代のイメージはまったくないという歌で、よくこれだけ売れたなという気はします。やはり、あのケイちゃんがソロシングルをリリースする、それも楽曲は中島みゆきだという期待感があったのでしょうね。この『すずめ』は、今現在においてソロ歌手増田けい子としての最大のヒット曲であり、唯一のオリコントップ10入りのシングルとなったのです。これ以降は何曲かソロシングルを発売するものの、残念ながらヒットには結びつきませんでした。

 

 一方相方のミーちゃんですが、しばらくヒットに恵まれなかったものの、1984年に初で唯一のオリコントップ10入りを果たします。ソロ歌手としての実績は、二人とも仲良くトップ10入り曲が1つずつということで、結果として二人並列のまま。それで良かったのかもしれませんね。