80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.84
檸檬 岩崎宏美
作詞 松本隆
作曲 鈴木キサブロー
編曲 萩田光雄
発売 1982年2月
アイドルから大人のボーカリストへ、草花3部作と大ヒットドラマテーマの間にリリースされた隠れた名曲
多くの人気歌手を輩出したオーディション番組「スター誕生」を経て、1975年に『二重唱(デュエット)』でデビューした岩崎宏美。当時から伸びのある歌唱力は評価され、その年の各新人賞を細川たかしと争い、紅白歌合戦にも出演するなど、順風満帆のスタートを切りました。出身番組のイメージもあって、アイドル歌手的な勢いのある売れ方を示し、2枚目のシングル『ロマンス』(1975年7月)から12枚目のシングル『二十才前』(1978年2月)まで、11曲連続でオリコントップ10入りを果たしました。その中でも『ロマンス』と3枚目『センチメンタル』はオリコン1位、さらに『ロマンス』は売上88.7万枚と、キャリア最高の売上を2枚目のシングルで上げてしまうのです。
その後いったん、アイドル歌手的な人気は落ち着きを見せ、大人のボーカリストへと、世間の見方も変わっていきます。セールス面でも、13枚目以降でオリコントップ10に入ってくるのは、変な声が入っているオカルトソングとして話題を呼んだ18枚目『万華鏡』(1979年9月)、草花三部作の真ん中25枚目『すみれ色の涙』(1981年6月)と、以前のように出す曲出す曲トップ10入りという状況ではなくなってきます。草花三部作『恋待草』(1981年3月)、『すみれ色の涙』、『れんげ草の恋』(1981年10月)の次はどうしようか、というところでリリースしたのが『檸檬』でした。
この『檸檬』ですが、オリコンの最高順位こそ16位でしたが、売上は13.6万枚となかなか健闘しています。決して派手な作品ではありませんし、2作前が『すみれ色の涙』で、次の作品が代表曲なった『聖母たちのララバイ』(1982年5月)といったヒット曲に挟まれていて目立ちませんが、私は好きです。作詞は松本隆で、岩崎宏美のシングル曲では『摩天楼』(1980年10月)に続く2作目。岩崎宏美のシングルについては、14曲目『シンデレラ・ハネムーン』までをすべて阿久悠が作詞をしていましたが、15枚目以降は、作品ごとに作詞家が変わっていて、このあたりにも、ボーカリストとしていろいろな作家の作品に挑戦していきたいという部分もあったのかもしれません。そして作曲は鈴木キサブロー。多くのヒット曲を産み出した売れっ子作曲家の一人ですね。代表曲としては、中森明菜『DESIRE -情熱-』H2O『想い出がいっぱい』、渡辺徹『約束』、徳永英明『輝きながら…』、SALLY『バージンブルー』、高橋真梨子『for you…』、KATSUMI『It’s my JAL』、近藤真彦『夢絆』『大将』、三好鉄生『涙をふいて』、TUBE『ベストセラー・サマー』などなどそうそうたるラインアップです。
曲の方はといいますと、好きな相手に対し、好きと素直に言うことができず、わざと他に「いい人」がいるようなふりをして気を惹こうとするのが精いっぱいという、恋に未熟な自分を振り返るような女心を綴った歌詞になっています。またメロディーは、どこかロシア民謡のようなテイストも感じられ、一回聴いてすぐに覚えられるような、耳に馴染みやすい曲に仕上がっています。とにかく歌唱力は文句なしなので、どんな曲でも歌いこなすことができる岩崎宏美ですが、この曲に関しては、熱唱というよりもさらりと歌っていました。
タイトルの『檸檬』ですが、敢えて漢字表記にしているところがまたみそなのでしょう。歌詞では《青い青いレモンを 別れの手紙で包み 青い青いレモンを あなたの胸に投げたい》《青い青いレモンに くちびるよせて泣いたの 青い青いレモンは 通り過ぎた恋の色》とありますが、もちろん本当にサヨナラの言葉をしたためた便せんでレモンをくるみ、相手に投げつけたいなどと考えているわけはなく、あくまでも比喩的に使われています。黄色く熟す前のただただ青く酸っぱいだけのレモンと、自分の青さを重ねているということでしょう。「レモン」とカタカナ表記にすると、なんとなくお洒落な感じがしてしまいますが、『檸檬』と書くとどこか文学的(梶井基次郎の作品にありますね)で内にこもったような印象を受けるという、おそらくそんなところではないでしょうか。
さて、こうしてじわじわとセールスを積み重ねていった『檸檬』の次のシングルが、前述『聖母たちのララバイ』で、これが7年ぶりにオリコン1位を獲得し、キャリア2番目の売上80.4万枚をあげることになりました。さらにその翌年の『家路』(1983年8月)がオリコン最高4位のヒットとなり、そしてこれが岩崎宏美にとって、最後のトップ10入りシングルとなったのです。テレビなどの歌が上手な古今東西日本のアイドルという企画では、トップに近いところに必ず入ってくる岩崎宏美ですが、歴代アイドル(少なくともデビュー当初はアイドル的存在でした)の中でも1、2位を争う歌唱力であったことは間違いないでしょう。
最後に、岩崎宏美のシングル曲で好きなベスト10を選んでみました。
1 思秋期
2 檸檬 ★
3 ロマンス
4 聖母たちのララバイ ★
5 二重唱(デュエット)
6 すみれ色の涙 ★
7 スローな愛がいいわ ★
8 万華鏡
9 熱帯魚
10 シンデレラ・ハネムーン
★=80年代発売