80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.74
Sea Loves You~キッスで殺して 石川秀美
作詞 売野雅勇
作曲 小田裕一郎
編曲 船山基紀
発売 1985年7月
海の似合う健康的な女の子からちょっとアダルトな雰囲気のお姉さんへ、転換を狙った1985年の勝負の一曲
女性アイドルの当たり年といわれる82年組の一人として活躍した石川秀美は、1982年デビュー当初は、ショートパンツ姿で健康的な足を見せて歌う姿が印象的でした。その健康的なキャラクターをさらに印象付けるように、シングル曲には“海”を背景にした作品を多く選んできました。特にサーフボードが多く登場するのも印象的です。
石川秀美の最初の3年間のシングル曲から、海を歌った歌をあげてみますと、以下のような具合です。
2枚目『ゆ・れ・て湘南』(1982年7月)
《サヨナラって夏の海に夕陽が言う》《サーフボード抱えながら 人が渡る》
3枚目『哀しみのブリザード』(1982年10月)
《サーフボードと夏が過ぎてくと》《波打ち際 振り向く私に》
5枚目『Hey! ミスター・ポリスマン』(1983年3月)
《耳に届いた潮風》《海を見に行こうと 誘ってくれた約束》
6枚目『恋はサマー・フィーリング』(1983年6月)
《街を走る車はサーフボードを載せている》《波しぶき 水着のすきまをはじけてすべるわネ》
7枚目『バイ・バイ・サマー』(1983年9月)
《あの日あなたに 海で会わなければ》《だから海を見ても もう泣いたりしない ひとりだって》
10枚目『夏のフォトグラフ』(1984年5月)
《スニーカーのつま先の砂を払って 歩く海岸通り》《ひと休みする入江》
11枚目『熱風』(1984年7月)
《あなたの背中 潮のにおいね 耳を寄せたら 波が聞こえる》《海に向って 大声出して》
最初の3年間で出したシングル12曲のうち、海の曲が7曲、うちサーフボードが3曲も登場と、かなり徹底された戦略がとられていたのでしょうか。そのおかげもあってか、5枚目『Hey! ミスター・ポリスマン』で初めてオリコンのトップ10入りすると、以後は連続してトップ10入りを果たすなど、安定した人気を獲得していったのです。
デビュー4年目となった1985年も人気は安定していて、13枚目『もっと接近しましょ』(1985年1月)、14枚目『あなたとハプニング』(1985年4月)もトップ10入りを果たします。ただ、ちょっと様子が変わってきたのは歌詞の内容です。それまでの海が似合う健康的な女の子のイメージをそろそろ脱却したいと考えたのか、歌詞の内容も大人っぽいアダルトな雰囲気へと、大きく振ってきたのです。それも結構露骨に!『もっと接近しましょ』では《春になればふたり 何をしましょうか》と意味深な言葉の後に《キャンディーなんかいらない 花束なんかいらない グラマラスに抱いて》と大胆な誘惑。『あなたとハプニング』でも《おぼえたてのフレンチキス トライしてみたいの》とこちらも大胆なお誘い。このあたりは実に徹底していて、分かりやすいです。
前置きが長くなってしまいましたが、そんなアダルト路線への転換の中で発売した15枚目シングルが『Sea Loves You~キッスで殺して』だったのです。作詞は石川秀美のシングルでは初の売野雅勇、作曲は石川秀美にとっては常連の小田裕一郎で、年下の男の子に恋したお姉さんの気持ちを歌った曲です。さらにこの曲、タイトルに『Sea』とあるように、4曲ぶりに“海”が登場してきて、まさに新機軸のアダルト路線と従来路線の海路線が融合した、ある意味集大成的な一曲となったわけです。
《オペラグラスで狙う渚の恋に 小指でそっと投げKiss返してあげる》とこのあたり、お姉さんの余裕をかましています。《ビキニのカーブなぞる いけない視線》と年下の男の子のエッチな視線も平気で受け止め、《キッスで殺して my heart 好きなのと言わせてごらん》と挑発。そして挙句の果てには《年下でしょ無理しないで 言うこときくのよ いいことdarling》ですから、かつて海で何度も何度も積み重ねてきた恋の経験が、こうして生きてくるわけなのですね。そんな歌詞に乗っかった小田裕一郎の曲がまた明るく爽やかで、素晴らしいのです。ちなみに小田裕一郎作曲の石川秀美以外での代表曲は、サーカス『アメリカン・フィーリング』、松田聖子『裸足の季節』『青い珊瑚礁』『風は秋色』、田原俊彦『恋=Do!』『グッドラックLOVE』『エル・オー・ヴイ・愛・N・G』、杏里『CAT’S EYE』などがあり、数のわりに大当たりが多い印象の作曲家です。
私は石川秀美の曲の中でこの『Sea Loves You~キッスで殺して』が一番好きです。石川秀美は、なかなか代表曲の選択が難しいアイドルではありますが、少なくともこの曲は代表曲として挙げられることはないでしょうし、知っている人も少ない曲だとは思います。でも人気が安定して心に余裕が出てきた感じが歌にも表れていて、そんなところもなんかいいのですよね。もっとも本人はとっくに引退してしまっているので、この曲を人前で披露することもないでしょうし、ちょっと残念な気がします。
さて集大成的な『Sea Loves You~キッスで殺して』も無事オリコン10位を獲得、続く『愛の呪文』(1985年9月)は7位を獲得し、紅白歌合戦に初出場となりました。1985年12月発売の『サイレンの少年』もオリコン10位となったのですが、翌年1986年から勢いは下降していきます、オリコンもトップ10に入ることがなくなり、ロック調の歌に走ったりと、次第にアイドルポップスから離れていくのですが、なんとしても驚いたのは、薬丸裕英氏との結婚でしょう。結婚を機にあっさり芸能界から引退、ときおりCMに出演したことはあるものの、表舞台には一切出てこずに今に至ります。しかし薬丸氏の安定した活躍や家庭の円満ぶりをみると、彼女にとっては賢い選択だったのでしょう。ただ同時代を過ごした者からすると、懐かしい曲をたまには歌ってほしいなと思う気持ちはありますね。
最後に、石川秀美のシングル曲で好きなベスト10を選んでみました。
-
Sea Loves You~キッスで殺して ★
2 ゆ・れ・て湘南 ★
3 涙のペーパームーン ★
4 SHADOW SUMMER ★
5 めざめ ★
6 哀しみのブリザード ★
7 素敵な勇気 ★
8 Hey! ミスター・ポリスマン ★
9 夏のフォトグラフ ★
10 スターダスト・トレイン ★
★=80年代発売