80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.62
あたらしいラプソディー 井上陽水
作詞 井上陽水
作曲 井上陽水
編曲 星勝
発売 1986年5月
陽水特有の美しいメロディラインと包容力を感じる歌詞にうっとり、発売当時よりも後年に広がりをみせた作品
井上陽水は70年代、80年代、90年代と長期にわたってヒット曲を出していますが、それが連続せずに散発しているのが特徴です。つまり、アーティストパワーだけでシングルセールスに結びつけるというよりも、よい楽曲が耳に届く機会を得れば売れる、受けが悪ければ売れない、というアーティストなのですね。
70年代は 『夢の中へ』(1973年3月)17位・19.1万枚
『心もよう』(1973年9月)7位・42.3万枚
『闇夜の国から』(1974年4月)11位・24.0万枚
『青空、ひとりきり』(1975年11月)8位・25.5万枚。
80年代は 『ジェラシー』(1981年6月)14位・20.4万枚
『リバーサイドホテル』(1982年7月)11位・21.6万枚
『いっそセレナーデ』(1984年10月)4位・35.3万枚
90年代は 『少年時代』(1990年9月)4位・85.3万枚
『Make-up Shadow』(1993年7月)2位・81.7万枚
このあたりが代表曲になるでしょう。『リバーサイドホテル』は、発売当時はあまり売れずに、1988年にドラマの主題歌として起用されてから売れだしたというように、特に80年代以降の陽水のヒットには、タイアップが大きく影響を与えています。
「サントリー角瓶」のCMソングに起用されて大ヒットした『いっそセレナーデ』のあとを受け発売されたのがこの『あたらしいラプソディー』です。この曲についても、サビを聴けば「聴いたことがある」という人もかなり多いのではないでしょうか。実はこの曲、いろいろな商品でCMソングとして使われていたのです。しかも長年に渡って。発売当初は「サントリー角瓶」のCMで、1990年代でサントリーのライバルでもある「サッポロ黒ラベル」のCM、さらに2000年代では「ANA」のCMでも使われたのです。それだけ良い曲であり、商品や企業のイメージにも好印象を与えてくれるということなのでしょう。
ただ『あたらしいラプソディー』は実はセールス的にはいまいちでした。オリコン最高25位、売上6.2万枚と、上記のヒット曲に比べると、パッとしません。売れなかった名曲なのです。私はこの曲を新曲として初めて聴いたときに、あっ、これはいい曲だし、前作の勢いもあるから、きっと売れるだろうなと思ったのですが、予想は外れてあまり売れませんでした。ただ後年にCMで改めて起用され、再発売などもされているようですから、やはり「いい曲」だったのでしょう。ただ世の中的には気付かれなかったのでしょうね。
なんといってもこの曲、メロディーがきれいです。井上陽水の楽曲の中でも、1,2位を争う美しさではないでしょうか。加えて、優しく包み込むような雄大で抱擁力のある歌詞が、このきれいなメロディーと陽水の甘いボーカルに見事に調和しているのです。《街が未来へ向け走る 星が夜空からはじまる》《夢を はてしのない夢を 夜にまぶしい程 夢を》《夢を 飾れるだけ夢を 恋がはなやぐ程 夢を》…夜の星に夢をかけたキラキラ感。《願いをこめて 夜空の星に あなたの胸に 届くように》《瞳をとじて 想いをよせて 恋するままに 心をあけて あなたの胸に 届くように》…この夜に恋も夢もすべてを任せてしまってもいいような気持ちにさせられます。かつて、社会問題や国家の未来よりも目の前に傘がないことが問題だといったり、なくし物を探すことでいっぱいいっぱいだったりと、小さな世界のことに固執していたのとはまったく正反対の世界。この振れ幅がまた、この曲、そして陽水の魅力だったりするのかもしれません。
とにかく、短期的にはパッとしなかった『新しいラプソディー』でしたが、10年、20年スパンでいろいろなところで取り上げられ、長い間親しまれる曲となったということは、やはりこの曲の持つ底力に因るものではないでしょうか。