80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.42
赤道直下型の誘惑 渡辺桂子
作詞 売野雅勇
作曲 筒美京平
編曲 大谷和夫
発売 1984年6月
実はその後の恋の逃避行を暗示していた? 正統派アイドルがちょっと背伸びした感じで歌った夏の誘惑ソング
渡辺桂子は1984年3月、17歳で歌手デビューし、当時はまだまだ多くあった音楽番組にも積極的に出演するなど、バックアップも強力でした。デビュー曲『H-i-r-o-s-h-i』はいかにもアイドルチックな可愛らしい春のラブソングで、この曲だけを見ても、正統派のアイドルとして売り出したかったのだろうということは想像がつきます。ただ『H-i-r-o-s-h-i』はオリコン最高25位と、売上枚数こそ5.9万枚とまずまずだったのですが、ライバルたちに対しやや出遅れ感のあるスタートとなりました。同じ年にデビューしたライバルとしては、岡田有希子、菊池桃子、荻野目洋子、少女隊、長山洋子、渡辺典子となかなかのメンバーが揃っていたわけですがから、競争も激しかったでしょう。
そこで夏に向かって発売する2ndシングルは、前作よりも大人っぽい、夏のリゾート恋愛ソングで勝負をかけてきました。それが『赤道直下型の誘惑』です。作詞が売野雅勇、作曲が筒美京平と、デビュー曲に続いての強力タッグが組まれ、引き続き力の入ったバックアップ体制が敷かれていたことと思われます。詩の内容はいかにも売野雅勇的な、刺激と遊び心を散りばめたような内容で、当たり障りのないデビュー曲よりも、ずっと攻めた歌詞にはなっていました。《強レツだね 小さなビキニ》《赤道直下型の視線ね ウットリ しっとり しちゃう夏だわ》《浮気なのよ 渚の女の子誰でも》《おとなしい子じゃもうないの 初めて口づけされた日は》と、前作では《あなたの好きな 女の子にかわるから》としおらしいことを言っていた女の子が、もうこれ、ですから。
それに歌だけではなく、見た目も完全に夏仕様にマイナーチェンジ。黄色やオレンジなどの原色使いの衣装はもちろん、こんがりと日焼けした風の肌に仕上げてきたのです。いや、本当はどうだったのか、今となっては私の記憶の定かではなく、はっきりしとことは分かりません。もしかすると元々地黒だったのが、肌を露出することで目立っただけなのか、水着の撮影とか水泳大会かなんかでたまたま日に焼けた状態で歌っただけなのか、いやいややっぱり歌に合わせて、肌を焼いたりメークで黒く塗ったりしたのか…。ただ印象としては、日に焼けた黒いイメージがありましたし、当時の映像を見ても、肌が黒く見えるのですよね。もしも歌に合わせた総合的なプロデュースとしてそこまでやっていたなら、それはなかなかの力の入れようだったということでしょうね。
ただ『赤道直下型の誘惑』が当時の渡辺桂子に合っていたかというと、それはまた別問題で、どちらかというと童顔、歌も器用にいろいろ歌いこなせるほどの歌唱力があるわけでもなく、果たしてこの路線で、当時の若い男の子が渡辺桂子のことを好きになるのかなと考えると、ちょっと微妙な気もしていました。無理をしているとまでは言わないまでも、作っている感は否めないような、そんな感じは持っていました。ただ後々になって思うと、むしろこの路線こそが素に近く、『H-i-r-o-s-h-i』の時の方こそ無理していたのだろうという気が今はします。
結果として『赤道直下型の誘惑』の売上は前作よりダウンの3.2万枚、最高順位32位で終わってしまいます。その後は新曲を出すたびに売上、順位ともにダウンしていき、歌手渡辺桂子の売出しはうまくいかなかったのでした。ただ、事務所側は諦めません。歌手がうまくいかないなら、女優として売り出そう!翌1985年、渡辺桂子は当時人気の大映ドラマの「乳姉妹」にメインキャストの一人に抜擢され、ここで一気に顔と名前を売ることに成功するのです。歌はあまり売れなくても、女優として大映ドラマで成功するという道筋は、1年先にデビューした伊藤麻衣子が歩み始めており、「乳姉妹」のヒットによって、芸能界における一筋の光がまさに差し込んできたのでした。
ところがところが、さらにその翌年の1986年、渡辺桂子はあろうことか、デビュー時につぎ込んだ宣伝費が回収される間もなく、男と一緒に海外へ飛んでしまったのです。そしてそのまま結婚し、あっさり引退してしまいました。ところがどっこい、話はまだ終わらなくて、さらに翌年の1987年、今度は離婚して芸能界に戻ってきたのです。戻ってきて何をしたかというと、出戻りアイドルがすることといえば、当時はこれしかありません、ヌード写真集です。ここで取り上げる80年代デビューアイドルでは、早くも3人目(坂上香織、麻田華子と合わせて)です。取り上げていない中にもまだまだ多数いましたし、そういう意味では、アイドル歌手にとってなかなかつぶしの効かない時代だったのでしょうね。