80年代青春歌謡365アーティスト365曲 vol.12
セシル クリスタルキング
作詞 大津あきら
作曲 山下三智夫
編曲 梅垣達志
発売 1982年7月
大ヒット曲の勢いも今は過去になりかけた頃にひっそり放った、甘く美しい隠れた名曲
1979年『大都会』で後世に残る大ヒット曲を送り出し、その勢いのまま発売した1980年の『蜃気楼』も続けざまに大ヒット。ところが続く3rdシングル以降はじり貧が続き、『蜃気楼』の2年後にはすでにヒットチャートからは忘れられかけた存在になっていました。そんなタイミングで出されたシングルがこの『セシル』です。当時聞いていたNHKのFM放送の音楽番組に、クリキンのメンバーがゲストでやってきて、新曲として流したのがこの曲でした。最初に聴いたときは「これがあのクリキンの新曲か」と、『大都会』『蜃気楼』のイメージとは全く違う美しく甘いメロディと歌詞、そして歌声に意表を突かれたのを覚えています。それもそのはず、ボーカルがあのハイトーンボイスで一世を風靡した田中昌之でなく、或いは印象的な低音を担当したムッシュ吉崎でもなく、『大都会』『蜃気楼』の作曲をした山下三智夫だったからです。もちろんこの曲も作曲しています。
7月21日発売ということで、梅雨も終わりいよいよこれから夏本番という時期に出されたこのシングルは、当然のように夏の歌となっています。ただし、夏の歌といってもギラギラ太陽が照りつける中で燃える恋をしよう!的なハイテンションな曲ではなく、むしろその逆で、終わってしまった夏の恋を思い出して感傷にひたるようなしっとりした作品になっています。繰り返しになりますが、詩も甘ければメロディも甘く、声も甘いこの歌、初めて聴いてすっかり気に入ってしまった私は、クリキン復活かと久々のヒットを期待したものです。
作詞はプロの作詞家にお願いして、大津あきらが担当。大津あきらは80年代を中心に、多くのヒット曲の詩を手掛けていた売れっ子作詞家です。主だったところでも男闘呼組『DAY BREAK』『秋』『TIME ZONE』、クリエーション『ロンリー・ハート』、近藤真彦『夕焼けの歌』、杉山清貴『さよならのオーシャン』、高橋真梨子『for you…』、徳永英明『輝きながら…』『風のエオリア』、中村雅俊『心の色』、中森明菜『AL-MAUJ』、堀ちえみ『白いハンカチーフ』、矢沢永吉『ラスト・シーン』『共犯者』、渡辺徹『約束』『愛の中へ』等々、次々に作品が挙がってきますが、47歳の若さで亡くなっています。
《さよなら セシル》といきなり別れの言葉で始まったあとは、過去を懐かしむ言葉のオンパレード。《君の書いたダイアリー読み返すよ》(なぜ元恋人の日記が手元にあるのか不思議ではありますが…)、《熱く燃えたくちづけが 戻るようさ》《君は愛のフォトグラフ 渚ににじむ》《君を抱いたバルコニー さがす俺さ》《君は夕陽の果てに そっと素足のままで去ったね》…。こうやってみると、未練たらたらの女々しい歌詞なのですが、これがメロディに乗ってしまうと、甘く素敵なものに聞こえてしまうから、そこはさすがプロの作家なのでしょうね。
確かにこの曲だと、低音の野性的なボーカルはもちろんのこと、高音の冷たく切り裂くような声でも、曲のイメージに合わなかったことでしょう。ですから、ボーカルの担当を変えたというのは、歌から考えると正解でしょう。ただボーカルが変わったことで、従来のクリスタルキングのイメージからすると全く違うバンドという印象になり、また一からやり直し、無名バンドと同じような立ち位置で広めなければならなかったことは、売るためにはハンディだったのかもしれません。曲を聴いただけでは、誰が歌っているのか、コアなファン以外は分からないでしょうからね。結果として、この曲もあまり売れませんでした。オリコンでは33位が最高だったようです。
なぜこんないい曲が売れないのかと当時は思ったものですが、一旦下降線に入ってしまったアーティストは、それを再び上昇気流に戻すということは至難のわざだということですね。一旦下がり出した株価は、なかなか戻らないのです。その後は、今もカラオケでは必ず入っている『愛をとりもどせ!!』が話題にはなったものの、かつての勢いを取り戻すにはいたらず、ヒットチャートを賑わすことはないままとなっています。たまに懐かしい曲特集の番組などでは、田中氏の姿を見ることはありますが、当然のように歌うのは『大都会』。