子ども向けの昔話などの語りや、絵本の読み聞かせをしている。
近頃は、学校や保育施設などでは語りにくくなった昔話がある。
いわゆる ”残酷なはなし” だ。
例えば、
「オオカミと七ひきの子ヤギ」
最後に、狼が死ぬと子やぎたちは「オオカミが死んだ!」と大喜び。
「カチカチ山」
捕まって狸汁にされそうになったいたずらタヌキは
智恵を使ってばあさまを婆汁にしてじいさまに食わす。
「白雪姫」
白雪姫の美しさに嫉妬して、姫を始末しようとしたお妃は姫の実の母親
最後にお妃は、火の中で真っ赤に焼けた履物を履いて死ぬまで踊らされる
確かにこの部分だけ切り取ると、救いがなく残酷ですわ。
けれど、ドラマチックで起伏に富んだ物語の中においては、その残酷さはごく一部であり、その必然性が感じられるように描かれるので、さほど残酷には感じられないものなのだ。
(あくまで、きちん再話された昔話のことであって、いい加減に再話されたものはこの限りではない)
20年以上も前に「本当は恐ろしいグリム童話」(正しい題名かどうか不明)というような本が話題になったが
グリムに限らず、昔話というものは残酷さを伴う。
なぜなら、昔話というものが、この世の理(ことわり)や人間の真実を大げさ且つわかりやすく描いているからだ。(人間とは 時に 残酷なものだということ)
そして、その残酷な出来事があればこそ、結末が満足できたり、安心できるものになるのだ。
狼が死んでくれなければ、ヤギたちも物語を聞く子どもたちも安心できない
婆汁作って、それをじいさまに食わせるような性悪タヌキだからこそ、懲らしめられても納得がいく
ということだ。
↓参考に
とはいえ、そんな残酷な話を子どもたちに聞かせてよいのか?と言われそうだ。
それは、大丈夫なのだ。
その理由は、主に次の三つ
・残酷さを具体的には語らないから
・昔話は本来、耳から聞く口承文学だから
・スキャンダラスな出来事よりも、その物語が伝える真のメッセージを子どもたちは受け取るから
長くなるので、
続きは次回 詳しく説明しましょう。