花子は生まれつき体が弱かった。
少し歩くだけで、ぐったりする。
視力も弱く、テレビを見るだけで疲れてしまう。
握力もない、大きな声も出ない。
原因不明の病気だと、医者に告げられた。
花子のママは、自宅で料理教室を開いていた。
小学校にも通えない花子を、生徒のママさんたちは、
励まそうと、自分たちの子供をよく連れてきた。
笑顔が素敵な花子は、子供たちの人気者になった。
みんな花子に会うと、何かお土産を渡すようになった。
花子の部屋は、お菓子とぬいぐるみでいっぱいになった。
近所の子供たちは、学校帰りに花子のうちへ寄ってから、
帰宅するのが当り前になっていた。
花子は、みんなに愛されていた。
花子も、みんなに毎日会えることが生きがいになった。
でも、病気は一向によくならなかった。
料理教室に、新しい生徒のお母さんが来た。
花子と同じくらいの娘を連れていた。
花子と目が合うと、「はじめまして園子です!」
と大声で挨拶された。ママたちがみんな笑っていた。
園子は、花子に近寄ると手を握ってきた。
花子の指を優しくなでていた。
「動かせないの」
「ううん、少しは動かせるけど、力が入らないの」
園子は、今度は椅子に座っている花子の足をさすりだした。
「動かないの」
「ううん、トイレも行けるよ。ただ歩くとすごく疲れるの」
花子がそう言うと、園子は花子の目をじっと見つめて言った。
「元気になるといいね」
花子は少しとまどった。
あれ、私もしかして、
このまま、ずっと変わらないと思ってるかもしれない。
元気になろう、なんて思ってないかもしれない。
自分の気持ちを、園子の言葉で気づかされたような気がした。
ある日、園子と部屋で二人きりになった。
ママの教室は休みだったが、家にはいたので、
園子が「おじゃまします!」と遊びに来たのだ。
「花ちゃん、本は読めないの?」
「字は覚えたけど、目が疲れるから、読むのはきついね」
「お裁縫は?」
「手に力が入らないから、無理だって」
「散歩の練習とかしたら、どうかな」
「だからできないのよ!園ちゃんとは違うの」
そこへ、ちょうど、別の男友達が遊びに来た。
園子は「ごめん」と頭を下げると、走って外へ出て行った。
「花ちゃん今、大声上げてたけど、どした?」
花子が今の話をすると、
「それはさ、きっと、園ちゃん花ちゃんに嫉妬してるんだよ」
「そうかなあ、そんな子じゃないと思うけど」
「花ちゃん可愛いからさ。園ちゃん同い年だろ。嫉妬だよ」
花子は「ふうん」と言ったが、そうじゃないのはわかっていた。
でも、園子が姿を見せたのは、その日が最後だった。
何十年たっても、花子の体は良くならなかった。
家族はいなくなり、近所の友達もみんなどこかへ行った。
もう、花子に会いに来てくれる人はいなくなっていた。
もう私は終わりだ。
ヘルパーが来たときに、車椅子のまま外出させてもらった。
なぜか、急に近所の家を見て回りたくなったのだ。
遠くから、子供たちの、はしゃぐ声が聞こえてきた。
その家に着くと、庭には、色とりどりの花が、
花壇いっぱいに咲きほこっていた。
真っ黒に日焼けした、背筋のしゃんとした、おばあさんが、
庭の手入れをしながら、子供たちと喋っていた。
「こんにちわ」
おばあさんが振り向いた。
「いま、ちょうどみかんがなって、この子らに収穫手伝ってもらってるとこだったのよ。ほれ、持ってってあげな」
子供たちがみかんを持って走ってくる。
花子に、みかんを渡して戻ってこようとすると、
「だめだめ、その人には、みかんはむいてから渡すんだよ」
花子は、はっとした。こんなに近くに住んでいたのか。
そんなことも私は知らないで。何で、もっと早く・・・
涙がぽろぽろあふれてきた。
「久しぶりだね」
「はい」
「花ちゃんは、年取っても綺麗なままだね」
園子が、子供たちに向かって、
「この人、私と同い年なんだよ」と言うと、
「うそ!」「全然違う」と、はやしたてる。
花子の前で、みかんをむこうとする子供の手を、
花子が、自分の手でおさえる。
「園ちゃん、自分でむいてみる」
「ああ、そりゃ、いいね」
ゆっくりゆっくり、みかんの皮をむく花子の姿を、
子供たちも、静まり返って見ていた。
口にみかんの実をほおばって、
「園ちゃんの作ったみかん、おいしい!」
「花ちゃん、できるじゃないの」
「うん、できたね」
「できることが、まだあるかもよ」
「そうだね。もう少し頑張ってみるよ」
二人とも、少女の顔に戻っていた。