三連休最終日はクリスマスイブ

クリスマスになると
ケンタとケーキが食べたくなります(^_^;)

でも、同じ日だとお腹いっぱいで
ケーキは無理無理押し込む感キョロキョロ
今年はケーキを遅らそうかな〜

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ここからは
の記事です
まだこの頃は寒くなかったなぁ


つくば市
筑波山神社


■ 御祭神
筑波男大神 伊弉諾尊 男体山871mに祀る
筑波女大神 伊弉冊尊 女体山877mに祀る

御由緒(同社HPより
筑波山は、関東地方に人が住むようになったころから、信仰の対象として仰がれてきました。御山から受ける恵みの数々は、まさに神からの賜物でありました。その山容が二峰相並ぶため、自然に男女二柱の祖神が祀られました。
その後祖神は「いざなぎの神、いざなみの神」と日本神話で伝えることから、筑波の大神も「いざなぎ、いざなみ両神」として仰がれています。
第十代崇神天皇の御代(約二千年前)に、筑波山を中心として、筑波、新治、茨城の三国が建置されて、物部氏の一族筑波命が筑波国造に命じられ、以来筑波一族が祭政一致で筑波山神社に奉仕しました。
第十二代景行天皇の皇太子日本武尊が東征の帰途登山されたことが古記に書かれ、その御歌によって連歌岳の名が残ります。
奈良時代の『万葉集』には筑波の歌二十五首が載せられ、常陸国を代表する山として親しまれたことがわかります。延喜の式制(927年)で男神は名神大社、女神は小社に列しました。
中世以降仏教の興隆につれて筑波山にも堂塔が建ち、小田城主八田知家の末子 八郎為氏が国造の名跡を継いで神仏並立の時代が続きました。江戸時代、幕府は江戸の鬼門を護る神山として神領千五百石を献じました。幕末になって藤田小四郎等が尊王攘夷の兵を起した筑波山事件を経て明治維新となり、神仏が分離されて神社のみとなり、明治6年に県社となりました。


---------------さて、参拝---------------
〈2018.11.17〉
筑波山神社 →(ケーブルカー)→ 男体山御本殿 → 女体山御本殿 →〈徒歩 白雲橋コース2.8km、95分)→ 筑波山神社 →(車)→ 蚕影神社(こかげじんじゃ)

自宅から車でドライブ
9時すぎにも関わらず
筑波山神社の駐車場は満車

奥の民間駐車場に車を停めての参拝です



■ 狛犬
今にも飛び掛かってきそう


■ 社務所
まずは御朱印帳を預け参拝です



■ 社殿
立派な社殿だなー
トレッキングに出る前に
参拝する方が多いようです


■ 御朱印

通常の御朱印

この後、男体山・女体山を登り
徒歩でここまで戻った後
この紫峰紅葉祭限定の御朱印を
いただきましたニコニコ