TSUNDOKKER -3ページ目

つい他人に試したくなる読めそうで読めない漢字  

著者: 現代言語セミナー  (2003/10/17 読済)
 いやはや、はまりました。これ。
常識編からページが進むにつれ学識編へと入っていくのですが、最後にいけばいくほど読めねぇー。
 私、かなり漢字は強い方だけど、いやー知らないのって本当にあるんですよ。
これが読めたからって大きく社会に貢献できるわけでも、役に立つわけでもないのだけど、トリビアのごとく無駄知識に強く反応する人間なので、かなり楽しんで読めましたね。
 読み方は漢字の印刷されてる裏のページにあるので、すぐに確認ができるし、何度でも繰り返しチャレンジできるので、真剣にやってたらかなり読みのレベルはあげられるだろう。
 ”つい人に試したくなる”とあるけど、ホントやってみたいっすわ。

剣岳<点の記>  

著者: 新田 次郎   (2003/10/27 読済)
 山岳小説の第一人者・新田次郎の長編である。
実際、山に興味が無い人には表題だけで敬遠されそうであるが、富山の剣岳が死の山、登ってはならない山であったことを知る人は、今では地元の人意外はいないであろう。
 それだけに今ではポピュラーな山であり、難所すらも山の上級者であれば何のことなく登れるのだ。
 そんな山の頂を初めて踏んだのは誰あろう、地形図を作成するのには欠くことのできない三角点等を設置する陸地測量部の測量官なのである。彼の名は柴崎芳太郎。実際にいた人物である。

 日露戦争直後の日本には立山曼荼羅という立山山岳信仰が当たり前のように存在していた。
当然、案内人でさえも地元の反感を買う。そして、山岳会などもできたばかりで、彼らでさえも登頂をあきらめるほどの前人未到峰への挑戦なのだ。

 読んで思うのは、昔の人は今のような便利な道具も防寒具もない中を、重い荷物を背負い測量官に付き従う、安い人夫たちの底知れない忍耐力と体力のすさまじさを感じる。
そして、何よりもこの測量官だからこそ案内人や人夫らが協力し、何としても登頂するのだと団結する姿が、男らしく清々しいのである。
 仕事への真摯な責任感と下の者への配慮、人間そのものの質により快挙は成されるのだと信じて疑わない。

 普通に山を歩いていれば自然と目に付く三角点。それがいかにして設置されていったのか、先人の苦労に思いを馳せるようになるであろう。
 現在に当たり前の物は、一昔前には考えられない大変さを伴って今へとつながっていることを実感させられる、そんな1冊だ。

愛より速く

著者:斎藤 綾子   (2003/09/04読済)
 私はこれで、何日かやらしい夢を見ました。
はっきり言って、エログロに近いです。しかし、面白い。
 ”SEXなんて不潔だわ”とか、”あんまり好きじゃないしぃ”なんて言う処女や潔癖女には絶対に理解できないし、最後まで読むことすらできないんではないか。
 それと、年配の方々には、無理の三乗です。
 私は読んだ後、むやみに実家の居間に置いておくのをはばかりました。

 エッチの内容なんかがすごく具体的なんだけどテンポのいい言葉運びが小気味いいから、私は非常に楽しんで読みました。
 もともと宝島の本に連載されてたらしいから、男対象にこういう内容を載せたってのもあるかもしれないが、作者本人の体験に基づいた内容なので迫力ありまっせ。
 私はゲラゲラ笑いながら読んだけどね。
淫夢ばかり見たのには参ったね。(欲求不満なのか?私は)
 ただ、間違っても団鬼六などのポルノ小説ではないから間違わないようにね。

八ヶ岳の食卓

著者: 萩尾 エリ子 (2003/10/17読済)
 長野日報で1992年から96年まで連載されていたものをまとめたもの。
著者の萩尾さんは茅野市の奥蓼科である「三井の森」の中で「蓼科ハーバルノート」というハーブショップを開いていて、私は地元にいた頃は、足しげく通っていた店でもある。
 以前は別荘のクラブハウスの中にレストランもしていて、そこで私は糸瓜の洋風な食べ方を知ったし、ハーブティーもクレイジーソルトなどもここから買い始めた。
 今ではレストランはなく、隣の丸太小屋でハーブやハーブティー、アロマテラピーの道具などのショップだけになったが、自然に生きるとはどういうことか、心地よさとはどんなものか、触れる場所でもある。
 ちょいとずれたが、この本は200以上のレシピが載っている。早い話レシピ集なのだが、季節のエッセイもあり、ナチュラリストには必読の1冊だと私は思う。
 価格は1500円と文庫にしては割高だけど、この中のレシピで小さな、そしてほんわかと温かな食卓が演出できればお安いものかもしれない。
 この本を求めに「ハーバルノート」へ出かけてみたらどうでしょう。

沈黙

作者:遠藤 周作   (2003/10/21 読済)
 カトリック信者である著者であればこそ、「神はなぜ沈黙するのか」という問いを投げかけられる。・・・ その問いに対する明確な答えは、ない。
 しかし、キリスト教徒であれ、仏教徒であれ、恐らく深くかかわる者であれば、必ずや行き当たる問いのような気がする。
 島原の乱鎮圧の間もない頃、既に数多のキリシタン弾圧により命を落とした日本人の影に、背教した宣教師がいたことを私はよく知らなかった。
これは史実を題材にした半フィクションであるが、実際に行なわれていたであろう拷問やそれを執行させる奉行の存在が、どこまで人間は宗教という名の下に残酷になれるのか、潔く死を選ぶのかという暗く重く、痛いものであるからこそ、主人公が日本人でないポルトガルの宣教師から見る日本が、思想が明らかになっていくような気がする。
 やはり、巧いです。作家として遠藤周作の描くものは読み始めてすぐからぐいぐいと引き込んでいく。
 重い題材が嫌いな人には読まなくてもいいものかもしれない。

情事

作者:森瑶子 (2003.12読済)
 本というのは出会うべき時期というものが必ずあるのだと思う。
作者と同じ年齢に達し、あるいは人間としての円熟を経てからでないと、どうしても理解できない部分があるものだ。
 その1冊にこの「情事」がある。
 この本は友人から借りた物だが、小池真理子の「欲望」を読んだ際、森瑶子の初期の作品が面白いと聞いたからだ。
 以前から森瑶子の作品は読んでいたが、どれも軽いタッチの短編ばかりで、スタイリッシュな文章に惹かれていた。
 しかし、この作品は明らかに違う。
 作家として花開く処女作には、自分を吐露するような部分が赤裸々で、心に響くものがあるもので、この「情事」はまさしくそうなのだ。
 
 私が実際に、同じくらいの年齢に達し、結婚もし、子供もいる同じような境遇にあるからこそ、女としての自分を情事で呼び戻す、それがひと夏のことであっても、熱く身も心も火照らす主人公に自分が重なりもする。
 もしも、20代の頃に読んだのであれば、きっと他人事で終わってしまったであろう。
強いて言えば、相手の男性が皆白人てのが、私としてはちょっとピンとこないものがあったりするのだが、女としての焦燥感とか、性愛への執着とか、愛人へのドキドキ感は、今なら解る。

 この中に一緒に入っている「誘惑」は、冷め切った夫婦がもう一度互いに惚れるというものだけれど、私は実は、こちらの方が現実味を帯びていた。
少なからずどの夫婦にも起こり得る内容なだけに、ふと主人への眼差しも違って見えたような気がする。
 30代の既婚女性に読んでもらいたい1冊。

天使と悪魔 上・下

作者:ダン・ブラウン 訳者:越前敏弥 (2004・1・17読済)

 帯には「怒涛の徹夜本」とあった。そして装丁の悪魔と人間の絵に心動かされて買ってみて、読み出したら、本当にページを繰る手が止まらない!という意味がわかった。
 映画化も決定されたようだ。これが映画になったら最後までには何度ハラハラするだろう。
 山場の多さ、どんでん返し、科学と宗教の確執、神秘主義と建築、美術品に関する豊富な薀蓄、これらが相まって、息もつかせぬスピードで展開する内容に、文句なしに一級の娯楽作だと思う。 久々に絶対、面白いと言える1冊だった。
 主人公の1人ロバート・ラングドンはハリス・ツイードのハリソン・フォードのイメージらしい。映画化の折には誰がこの役をするのか、見物でもある。
 アメリカでは第2作目の「ダ・ヴィンチの暗号」の方が評判を呼び、これを読んで1作目を購入している読者が多いようだ。日本では訳書が今年中には出るようだ。是非とも2作目も読んで見たい。