わたしが変われば世界も変わる-当たり前を覗いてみる93-

 

 

私が生きている現実という世界。

この世界は、常にひとつだけだと思いやすいのですが、実は現実の世界には複数性があります。

 

 

例えば、今日会社で重要な会議があり、意見を求められるのが嫌で、朝起きたときから憂鬱。

 

これは、意見を求められることが嫌なわけではなく、そこで露呈してしまう自分という存在の危機に恐怖心を抱いているのが原因です。

そう、人間が憂鬱になるほど、現実が強く嫌になるのは、自分という存在の危機感と直結しています。

 

 

存在の危機というのは、自分の居場所がなくなる、自分の尊厳が失われる、自分が自分ではいられなくなることを指します。

しかし、実は、そう認識している私がいるだけだ、というのが世界の複数性の原則です。

 

そもそもなぜ、存在の危機と直結しているのでしょうか。

自分の不完全さ、他者からどう思われるのか、人間関係の崩壊という予測がそこに働いているからです。

 

自分のことを不完全だと思っているのは誰でしょうか。

他者からこんなこと、あんなこと思われるんじゃないかと感じているのは誰でしょうか。

人間関係が崩壊すると考えているのは誰でしょうか。

そうなんです。そう認識している私がそこにいます。

正確に言うなら、そう認識している私だけがそこにいます。

 

 

さて、よく考えてみてください。

自分のことを不完全だと思い込み、他者を気にしながら、自分という存在を保とうしている私がいる限り、その私が思い、感じることは、自己存在の不安や恐怖のことばかりになってしまいます。

では、そんな私であり続けたいと本当に思っていますか?

 

そう、違うというキーワードがそこで出たのなら、そんな私ではあり続けたくはない。その私を変えたい。そんな私を超えていきたいと叫んでいる”わたし”が、今ここにいることになります。

自分という不完全さに囚われている私から、そんな私を超えていきたい”わたし”。

今ここ、わき起こってくる不安な感情を超えていこうとする”わたし”であれば、向き合わなければならないのは、他者の顔色ではなく、過去の私がつくった人間関係ではなく、自分の不完全な事柄ではなく、”わたし”を”わたし”ではいられなくさせる”私自身”です。

 

 

さて、会議で意見を求められる場面を憂鬱だと感じていた世界は、わたしが生きる世界ではありません。

不完全さはわたしを脅かすものではなく、わたしをさらにわたしらしくさせてくれるもの。

世界はわたしが生み出して行くものです。

 

わたしが変われば世界も変わる。

 

 

 

今見ている景色は私が見ていますか、わたしが見ていますか?

 

 

 

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