認識の世界の歩き方-当たり前を覗いてみる82-
私たちが現実と呼ぶ世界は、存在現象と認識が混同しています。
何がどうした、誰がどうしたのかは存在現象。
何をどう思うのか、感じるのかの認識です。
疎通の課題のトレーニング中に、この存在現象と認識を分けるスキルを身に付けます。
存在現象の特徴は、自分以外の存在や現象がある前提からの出発します。
認識は、100%自分の意思決定による出発です。
認識による世界のすべては、自分が決定した思うこと、感じていることで構成されていきます。
自分以外の何かが理由で思ったこと、感じたことは認識ではなく、存在現象の世界です。
それは人をどう思うのかについても同じです。
あの人はどんな人なのかを、あの人は〇〇な人だと自分が決定する世界は認識。自分以外の要素が介在する場合は存在現象です。
過去の出来事も、認識では、あの出来事は私にとって〇〇だったと、今ここの私が決定します。存在現象だと、あの出来事は、こんな状況でこんな人たちが周りにいたから、となります。
私自身についても、自分のことをどう思うのかは、自由に規定していい世界が認識の世界です。存在現象だと、他人の評価や他者との比較などが影響してきます。
認識の世界の歩き方は、はじめはぎこちなく、カクカクした世界から始まります。
それは、「私にとって〇〇とは何か」という考え方ががぎこちなく、これでいいのかなぁと答え探しのような思考から始まってしまうからです。
私が決定する世界を作り続けていくことで、より細かく、より繊細に、心からしっくりとした世界を描けるようになります。
そこでは色んなことが材料であり、刺激になります。
人がいつも繰り返していることや自分が課題として感じていること。
哲学者の名言や単語ひとつ、ニュアンスの違いひとつが、私ならそれをどう感じるのだろうか、感じるべきだろうかと学びの対象になります。
認識の世界では、自分と自分の世界を現す自由がすべて私の心にあります。
心を動きから常に始めようとすることが認識の世界の歩き方です。
あなたの心はどんな世界を現したいと動いているでしょうか。
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