おはようございます。
日常で、高いところから低いところへ
水が流れていくように、本当にごく自然に
無意識にさまざまな思考をしています。
その大半は思考していたことにも気づかず
過ぎていっていると推測しています。
思考は、事象(情報)を自我意識で処理している為
思考を野放しにする=事象を自我で解釈した世界に
没入することは、無意識に自我(二元・分離)意識
を強化していることになる。
その意味がなんとなく腑に落ちてきたこの頃。
かといって、自我(二元・分離)意識を
「使わない」「やめる」と決定(否定)しても
スイッチ(決定)ひとつで変わることもなく。
それでもなんとか思考を止めなければ!と
自我が自我を否定するようなことを繰り返し
行っていましたが、当然ながら思考は止まらず
今に至ります。
一方で「わたし」が行う『思考を止める』も
自我により思考を否定しているだけなのでは?
という疑問もあり、行き詰まっていました。
昨日は頭の中に散らばった知識や経験、
日常使用している概念などを整理してみたところ
「ねばならない」に囚われて、苦しい世界を
自作自演していたことに気づきました。
また、自我意識の存在を認識することと、
自我意識に同化することを混同していたことも
判明しました。
今日は実践しつつ、検証して観ることにします。
おつきあいいただきありがとうございました。