おはようございます。

昨日の振り返りです。


職場の方が「今は〜、22度」と突然話始め、

「ん?」というと、「外は22度だそうです」と。

「へぇ.過ごしやすい気温ですね」と応えました。

頭の中では、え?何?突然。なんか意味あるの?

と思考しました。


話に意味を探す(意味がある=価値がある)

という意識で話をきいていたことに気づきました。

だからわたしが意味がないと判断する話は

聞くに耐えないので、聞き流す、という事を

していました。


ただ話す人がいるから、聞くのだと、

お風呂に入った時に閃きました。


意味があることもあるし、利になることもある。

(話者にとっては意味があるけれど)

わたしにとって意味や利がないことも当然ある。


話に意味や価値を探すことが話を聞くことでは

ないし、ましてや學でもないということに

いままで気付かずにいました。


ではただ聞くとはどういうことか?と問うと

理解しようとすることか?とか

判断せずに内容を理解すること?とか

いろいろ思考が出てきます。

(鳥の声を聞いた時の自分を思い出すと

聞こえた音にも投影をしているので、

今のわたしにとって聞くとは投影すると同義

なのかも。)

わたしは言葉としての「聞く」は知っているけど

「聞く」の真意を知らない。

知らないことにも気付かずに知ってるつもりで

いたことに気づく。

ちょっとびっくりしました。


脱線しましたが話す人凸がいるなら

聞く凹、やってみます。


今日もおつきあいいただきありがとうございます。

読んでくださってありがとうございました。