おはようございます。
昨日の振り返りです。
昨日は所長に見積もり作成の件で
お礼をいわれました。
いち早くメーカーに見積もり依頼をしたことで
特別価格で仕入れる目処が立ったこと、
お客様への提案も早く、且つ具体的な提案が
出来たことなどに対するものでした。
メーカーに見積もりを依頼したのは
Aさんでしたので、その旨を伝えると、
所長はAさんを褒め、Aさんはメーカーに
問い合わせた経緯を繰り返し語っていました。
すでに所長との会話も終了した後も
Aさんは、お客様からの見積もり依頼が
目についたので、その場でメーカー営業に
見積もり依頼を送った ということを話されていて、
3度目を聞くあたりでわたしは、くどいな、
と思い、依頼して見積もりがきても対処せずに
いたから、Bさんがわたしに見積もりを
作成するよう言ったのでしょ?と思考しました。
Aさんがメーカーにいち早く見積もりを依頼した
ことにフォーカスして感謝するのではなく、
わたしがAさんの行動で足りていないと判断する
ところを指摘する思考をしています。
Aさんを自分より下に配置することで、
自分を優位に配置しています。
こうやって自分最高位を保っているのですね。
わたしはこのパターンよくやるので
すごく注意しないといつまで経っても
わたし最高位ドラマをやり続けますね。
Aさんがメーカーに見積もり依頼をした。
Bさんが未処理の見積りに気づき
わたしに見積書を作成依頼した。
わたしが見積もり内容の詳細を確認し、
大口案件の為所長に引き継いだ。
所長がメーカーと相談し、お客様に提案した。
それぞれが足りないところを補っていることが
盲目になっています。
霊性進化のプロセスにあるのだから、
足りないところがあるなんてあたりまえのこと。
だから他者の行動を正誤で判断する必要はないし、
自分の間違いを指摘されることに
卑屈になる必要もない。
足りないところを補っていただいた、と観れば
出てくる言葉は『ありがとう』ですね。
この観点の定着を目指します。
今日はこの辺りで。
おつきあいいただきありがとうございます。
読んでくださってありがとうございました。