おはようございます。

昨日の振り返りです。


伝票作成の作業の際、あるソフトを使うのですが、

それを起動する時、わたしはスタートメニューから

ソフトを探して立ち上げていました。


昨日、ソフトを立ち上げながら、

「これ、どれくらい繰り返し開いたら

よく使うソフトに登録されるんでしょうね」

とつぶやきました。

それに対して隣の社員が、ふふッと笑って、

「どれくらいかはわかりませんが、タスクバーに

ピン留めしたらいいんじゃないですか?

待つより早いですよ」とおっしゃる。

「たしかに!ほんとですねー」と答えながら

(うっわっ!わたしの意識が詰まった言葉だわ)と

ハッとしました。


パソコンのカスタマイズですら、パソコンの機能で

その設定が変わるのを待とうとする意識です。


向こう(状況)が、変わるのを待つ。

自分からはアクションしない。


自分が創るという意識がありませんし、

変えていこうという意識もない。


変わったら従おうくらいに思ってます。

(この従うは自我の許可エリアでの話です。)


怠惰といえばそれまでですが、

自分で変える、創る という観点がないのです。


タスクバーをカスタマイズするという観点がない。


目の前に観えるものが全てで、

その奥にある可能性というか、その世界そのものが

盲目になっている。


ある世界の一部を、その世界の全てだと認識する

設定になっている。


世界は無限で、

今わたしが立っているこの場所からは

観えない景色がある。

観えないけどある。

それが認識できる観点を創っていく、

そういうことなんだろうか。


不満は自分じゃできないという

前提があるから成り立つのではないかな。

満ちる豊かさはもうすでにここにある。




今日もおつきあいいただきありがとうございます。