おはようございます。

昨日、本当に久しぶりに神寄木賀集ゆかさんの

セッション音源を聞きました。


ずっと避けていたものです。

逃げ出して以来、約1年ぶりくらいでしょうか。


わからないことをわかったようなそぶりで

ガツガツ前に出る自分を捉えながら、

わたし全く変わらないなぁと、

モヤモヤソワソワしつつ聴いていました。 


そして、何もできてないじゃないか。

今もあの当時のまま、

(それどころか、聴いた音源はGATEが始まる前の

初回の頭の部分。3年前のものです。)

何も変わっていないじゃないかと、

愕然とする自分に気づき、ハッとしました。


あの頃よりできるようになっていたい

あの頃より理解が進んでいると思いたい

あの頃より進化している自分でありたい


過去と今を結びつけ、

「出来る」ことが増えることが

「わかる」ことが増えることが

「進化」だと思う自分がいる。


思いっきり二元じゃないですか?

出来るに自分を配置して

できない自分を隠蔽してる。


「出来ない」んですよ。

「わかってない」んです。


何度も何度も「君は何もわかっていない」

と繰り返されたガイドの言葉は

できない自分を認めることができない、

自惚れで、尊大で、傲慢ちきなわたしの

高い高い鼻を折るための言葉だったのかと

ふと思う。

逃げ出した頃はその言葉が非難にしか聞こえなくて

でもそれを認めることもできず、逃げ出す自分を

もっともらしく正当化したんだった。


頂点に君臨するわたしは、

今まで何度もガイドの導きによって

自分の幼さに気づかせていただきました。

「ガイドは鏡ですからね」とおっしゃった

ゆかさんの言葉を思い出します。


現実は『鏡』でした。

鏡に導かれ、これから何度でも何度でも

わたしの幼さに、未熟さに、

気づかせていただく未知を生きたい。

不思議ですが、それはとても柔らかで

豊かなことのように感じるのです。


全てはここにある。

ないと思っているのは、望む形ではないから、

気づかないだけ。

それだけだったんだと気づく。

否定する全ての表現を、転じる方向へ。


今日もおつきあいいただきありがとうございます。

読んでくださってありがとうございました。