おはようございます。

昨日の振り返りです。


昨日の朝お客様からの問い合わせがあり、

わたしの認識の中で「これが正解」

という回答をしました。

その場にいた上司や営業さんの中では

同様の認識なのか特に指摘はなく、案内を終え、

わたしは案件を営業に引き継ぎ、

ある商品を当日中にご発注いただける

こととなりました。

午後休憩から戻ると、

朝の案件は担当営業が別の方に変わっており、

その方の指示で計上手続きをしました。

また日程調整などにつき

担当営業がお客様とやりとりをしていましたが、

午前の内容の引き継ぎがされていないようで、

担当が納品日や契約内容に関して

午前とは違う提案をし、

お客様が内容が違うと指摘をしているようでした。

担当はわたしに都度朝のやりとりの内容を確認し、

担当の采配で調整を終えました。

その際、担当の中ではお客様に対して

話すべきではないと判断していることを

わたしが話していたとして、

指摘をうけました。


わたしは謝りつつ、

上司は同じ認識なんだけどな、とか、

理屈に合わないことをいっているな、

と思考し、「意見しました。」

自我の出張りです。


それぞれの「正しい」を主張しあい、

自我vs自我 で対立している構図となります。


また、社内の認識が不一致なこと、

契約における条件の引き継ぎが

できていないことからも、

社内でもお客様に対しても

「和」を成す意識がなく、

それぞれが別々の方向をむいていて、

自分さえよければいい、という意識が伺えます。

(まさにわたしの鏡だなぁと今思考している)


また上↑で引き継ぎをしていないことを

「引き継ぎができていない」

と表現していることから

わたしの中で引き継ぎはすべきという意識があり、

引き継ぎすることを「正」

していないことを「誤」に配置しています。

引き継ぎをしていなくても、

新しい担当がゼロから創造することもでき

実際今回はそのように対応しています。

わたしが過去の点と紐付けて捉えているので、

「引き継ぎができていない」

という思考が出ています。


観るところてんこ盛りの事象です。


たくさんの自我が凸凸凸凸と

自我を主張しあっているので、

まずはどちらの方向に対しても凹となり、

流れに乗る を創造してみたらいいのでしょうか。


それじゃ問題起きるんじゃない?

と自我が騒ぎますが、

やってみることにします。


今日はこの辺りで。

おつきあいいただきありがとうございます。

読んでくださってありがとうございました。