綻びを見つけたので追記して再投稿しています。



おはようございます。

昨日の振り返りです。


家の契約関係のことで元夫に伝える事がありました。

ある契約をわたし名義で新規に契約するので、

元の契約を解約する必要があるということを伝えるのですが、

言葉が足らずうまく伝わりませんでした。

わかるだろうという傲慢さがありました。


離婚時は元夫が家を出たので、

いろいろな手続きはわたしが担いました。

その時変更できてなかったものがまだあり、

元夫はそれに気づかないでいたようです。

元夫は自分のことでありながら放置し、

わたしもきちんと対応しなかった結果として

今ここに具現化しているので、

この機にしっかり手続きを済ませたいと思います。


元夫とのやりとりで、

他人と事実を共有することの難しさを知りました。

過去と今という時と、

それぞれの立場まで見通して、

言葉を使う必要があったなと、

自分勝手な幼いわたしの言葉を振り返ったのでした。


この観点は他のことにも同様で、

何かを伝えるならば、

わたしの視点は横に置き、

相手の立場や自我を考慮して言葉を選ぶ方にシフトしていく必要を感じました。

それには相手を観察することも必要ですね。

(元夫は普段関わらないので観察はできませんが、

やりとりを通して彼のみている世界を捉えることはできたような気がします。)


自分の自我から言葉を紡いでいましたので、

第一の課題は伝えたい事の事象そのものを捉えるかんて観点を持つこと。

その上で伝えるという創造について、

相手の観ている世界を捉えて、

自我も考慮に入れて組み立てていく。

具体的な課題がみえてきました。

さっそく仕事で試してみることにします。


今日もおつきあいいただきありがとうございます。

読んでくださってありがとうございました。