おはようございます。
昨日は整体に行きました。
そこで脚が重いという話をしていて、
先生が脚を軽くしなさいとおっしゃったので、
「どうやったら軽くなるんでしょう?」と尋ねました。
すると先生は
「どうやったら軽くなるんだろうって考えないと。
どうして脚が重いんだろう?
重心がズレてるのかな。
どうやって歩いたらいいかな?って、
脚を軽くしようと思うなら考えるでしょう?」
とおっしゃいました。
脚が重いと言われ、
その通りだと自分も感じているけど、
それは今はそういうものなんだ、
このまま整体で身体を整えていけばそのうち軽くなるんだろうと、
そう思っていました。
今の状態を示すバロメーターのような。
その状態を変えようという意識はありませんでした。
歩き方はこうした方がいい、とか
重心が前に傾いているからここをこうして、
こっちはこうで、
のように助言される言葉を心に留め、
行動に移してはいましたが、
身体全体を自分で意識して観ることはありませんでしたし、
不調を改善するための行動を考えることもありませんでした。
脚が軽くなるということは、
身体全体のバランスが整うということです。
脚をなんとかするとか、
歩き方を変えるとか、
そんなピンポイントのことではなく、
骨盤の上に肋骨が乗り、
その上に頭が乗るような、
重力のある3次元の摂理に調和した姿勢がとれて、
細かな筋肉が、それぞれの役割を果たすようになれば
おそらく脚は軽くなると思います。
全体の調和という観点が盲目になっていました。
全なる一として、その場その場の役を果たすのも、
全体を調和を創るためでした。
ただ作業のように役割を果たすことを目的にするように、
すりかわっていました。
また、わたしの身体を全としたら、
筋肉ひとつ、骨1本、細胞ひとつひとつがわたしでありながら、
わたしはそれを「わたし」とは認識していませんでした。
意識としてのわたしと他者も同様ですね。
意識としてみればわたしも他者も同じ「わたし」だけど、
それを「わたし」だとは認識していない。
今、身体の統括責任者として
筋肉や骨、細胞達もわたしの一部として認識して、
それぞれに働きかけ、
身体全体をバランスよくしていくように、
意識も意識全体をバランスよくしていく、
調和を創る意識で具現化していく方に向かっていくのだなと、
そんなことを思ったのでした。
今日もおつきあいいただきありがとうございます。
読んでくださってありがとうございました。