- 山本 一力
- 「深川黄表紙掛取り帖
」
「深川駕籠 」以来の、山本一力さん。
時代物って色々あるけれど、作家さんによってそれこそ色々なカラーがある。山本さんが描き出す世界は、ゴツゴツとほとんど無骨とも言えるし、最近の時代物のように懇切丁寧な説明があるわけでもない。でも、ぶっきら棒な良さというか、すっぱりきっぱりとした潔さがある。更に言えば、山本さんが描き出す世界の特徴は、出てくる職人や肉体労働者がとても鮮やかで素敵だということ。体を使う事や、培った経験に対する無条件の尊敬があるように思うのだ。
さて、ここに四人の知恵者達がいる。暑気あたりの薬、定斎を夏場に売って歩く事から「定斎売り」として知られる蔵秀(表紙の一番右)。紅一点、尾張町の小間物問屋の一人娘、短髪に黄八丈の作務衣を纏った絵師の雅乃(表紙の一番左)。細工物を作らせたら天下一品、飾り行灯師の宗佑(表紙中央)。算盤勘定にも明るい、文師の辰次郎(表紙右上)。特に宣伝はしていないのだけれど、助けた商家からの評判によって、彼らの元には様々な相談事が持ち込まれる。ぱっと見には不可能だと思われることを、どうやって可能にするかが、彼らの腕の見せ所。で、この請け負い仕事を、蔵秀は黄表紙の帳面に書き付けるのだ。
目次
端午のとうふ
水晴れの渡し
夏負け大尽
あとの祭り
そして、さくら湯
「端午のとうふ」
毎年五十俵の大豆仕入れが、今年に限って五百になってしまった。豆問屋の丹後屋に頼まれたのは、抱えてしまった豆を上手く捌くこと。蔵秀たちは、首尾よく豆を捌くけれども、話はそれだけでは終わらなかった。
更なる問題を片付ける首尾が「端午のとうふ」。同業の穀物問屋と豆腐屋、紙屋や刷り屋を潤す、見事な仕掛け。
「水晴れの渡し」
雅乃が虚仮にされたと知っては、蔵秀たち三人は黙ってはいられない。芝の田舎者、大田屋精六・由之助親子は、尾張町進出への足がかりを狙っているようである。別口で請けた仕事に、この大田屋親子が関わっていたとあっては、これは逆に好都合? 猪之吉親分から仕入れた情報をもとに、ここはきっちりはめさせて頂きます。
「夏負け大尽」
此度持ち込まれたのは、蔵秀の父、名うての山師、雄之助を名指ししての、紀伊国屋文左衛門からの依頼。紀伊国屋の材木置場の檜と杉を、雄之助の目利きで買い取って欲しいというのだ。首尾よく事は運ぶけれども(そして、成り上がりの紀伊国屋に対する支払いの粋な事!)、紀伊国屋はなぜ虎の子の材木を手放したのか? なぜ小判での支払いに拘ったのか? 蔵秀の胸にわだかまりが残る・・・。
「あとの祭り」
再び、深川の堀をちょろちょろするのは、例の田舎者、芝の大田屋親子。大田屋が買った大川橋の舟株は、大川に永大橋が架かる故に、三年後には反故同然となる。鮫洲の実直な船大工、六之助を、大田屋の巻き添えにしないために、大田屋に知られる事なく、六之助に手を引かせる事は出来るのか?
断りもなく仕掛けに組み入れられた紀文だけれど、流石は若くして財を成した人物。なかなかやるねえ。
「そして、さくら湯」
いつまでも残暑が引かない秋、紀文の隠れ家にやって来たのは、今を時めく側用人、柳沢吉保であった。互いに権力者に気に入られ、若くして成り上がった点で似ているこの二人は、時に本音を漏らす事も出来る仲である。市井の様子を紀文から聞いた吉保は、蔵秀たち四人に興味を持つ。
渡世人の猪之吉との間合いもいいし、蔵秀の母、おひで、蔵秀の父、雄之助も年輪を感じさせていい。雅乃が手早く作るあても美味しそう。いや、ご飯が美味しそうというのは、重要だよな。
神輿も粋、木場の川並たちも粋。
ところで、山師っていかさま師のことだと思ってたんだけど、「諸国の山林を目利きし、樹木の良し悪し判断に加え、伐採後の運び出しの段取りを見極めて値を決める」という凄い技を持った人たちのことを言うのですね。知らなかったなー。
【メモ】
◆定斎売り◆
「くすりの博物館」の該当ページにリンク
◆川並◆
東京新聞の記事 、「ミツカン水の文化センター」の該当ページにリンク
◆柳沢吉保(Wikipedia )
- ← 続編もあるようで、これは読まねば