- 川上 弘美
- 「センセイの鞄
」
目次
月と電池
ひよこ
二十二個の星
キノコ狩 その1
キノコ狩 その2
お正月
多生
花見 その1
花見 その2
ラッキーチャンス
梅雨の蕾
島へ その1
島へ その2
干潟―夢
こおろぎ
公園で
センセイの鞄
駅前での一杯飲み屋での十数年ぶりの再会から、逢瀬を重ねるセンセイとわたし。センセイは、わたし、月子の高校時代の国語の教師であった。二人は「センセイ」、「ツキコさん」と呼び合い、共に酒を愉しむ仲になる。
逢瀬といっても最初の頃は、それは実に淡い交わり。歳は三十と少し離れているけれど、肴の好み、人との間の取り方が似ている二人は互いに近しく思う。
淡い交わりはいつしか恋に変わる。しかし、それはツキコさんの一人芝居のようにも見え、またツキコさんの前にも高校時代の同級生である男、小島孝が現れる。年齢的にも、また男性としても、ふつうの女であれば、こちらの方が相応しいと思われる小島孝であるけれど、しかし彼はツキコさんには馴染まない。
ああ、こういうのって分かるなぁと思ったのが、以下の部分。
年齢と、それにあいふさわしい言動。小島孝の時間は均等に流れ、小島孝のからだも心も均等に成長した。
いっぽうのわたしは、たぶん、いまだにきちんとした「大人」になっていない。小学校のころ、わたしはずいぶんと大人だった。しかし中学、高校、と時間が進むにつれて、はんたいに大人でなくなっていった。さらに時間がたつと、すっかり子供じみた人間になってしまった。時間と仲よくできない質なのかもしれない。
センセイもツキコさんも、時間からはぐれた迷子のような人間だったのかも。
途中まではこんなにずっぽり恋愛になるとは思わずに読んでいたので、花見におけるツキコさんの嫉妬心に驚いたり、面白がったりしながら読んでいた。いや、この二人、相当すっとぼけているのですよ。けれども、花見を過ぎた中盤あたりからは、時間が限られている恋愛に切なくなった。勿論、若い人であっても持っている時間は無限ではないけれど・・・。あわあわと、しかし濃ゆくもある、恋物語。