9月に釣れた川ヒラが忘れられない。
仕事が手につかない、会話が耳に入らない。
11月、とうとう居ても立ってもいられなくなった。
あの夢よもう一度。
本来なら来年までお預けだった次回予定を急遽前倒し、私は南へ向け長旅のハンドルを握っていた。

初日、大ゴケしてしまう。
エントリーしたのは前回功を奏したあの河川。
PM8:00〜AM4:30の実釣7時間、中流から河口まで5箇所で竿出ししたものの本命からは梨のつぶて。
場所を外しているのか?
時期を外しているのか?
分からない。
よくよく考えれば、私はこの釣りのことを何ひとつ分かっていない。

2日目、断腸の思いでこの川を見切る。
苦しい判断だった。
が、時間は有限で残りはあと一晩。
昨夜と同じことを試す勇気も余裕もない。
数少ない成功体験に後ろ髪を引かれながら、私はそこそこ離れた別の河川に賭けてみることにした。

しかし現実は甘くない。
期待の下げ潮では完全ノーバイトに終わってしまい、一縷の望みを託し明け方の上げ潮ゲームへ。
数時間後には帰路につく。
だが、このままじゃ帰れない。
体は疲れてても私の気持ちは熱かった。




このエリアで釣りを開始して12時間が過ぎ、長丁場の最後に選んだのは支流との合流部だった。

おおっ…いい感じじゃないか!
海からの上げと川からの下げの潮が複雑に絡み、流芯あたりに大きなヨレが出来ている。
いかにも、な雰囲気に私の胸は高鳴る。
スタスイやコスケでひと通り探った後、祈りを込めて取り出したのはスイッチヒッター85S。
4投目だったと思う、レンジを入れ縦のトゥイッチ&フォールで誘っていたところ遂に魚がヒットした。

き、きたぞっ!!

…よっしゃ!
かぁ〜とうとうきたよぉ!

いきなりジャンプ大一番、チラリと見えた魚影に固唾を呑んだ。
…か、かなり太そうだぞ。
これは…待ち焦がれたヒラスズキだ!!

無我夢中でファイトした。

ものすごいパワーに圧倒されてしまう。
途中かなりラインを引っ張り出された。
魚は走る。
おっおっ…ヤバいヤバい…すごいなこりゃあ!
念願の魚信、過去にない引き。
嬉しいを通り越して頭がおかしくなりそう。

渾身の力で手繰り寄せようとするも、魚はなかなか浮いてこない。
乱れる呼吸、焦る気持ち…
とにかく心を落ち着かせることを優先しながら、平常心で対峙するうち、漸く魚が近づいてきた。
あと少し、もうすぐだから…。
ライトを点けた瞬間に魚が急反転。

…えっ?
その時、私は信じられないものを見てしまう。



目が…魚の目が…赤く光っていた。



…まさか?
…まさか??

いやちょっと待ってくれ!!
一体どういうことなんだ!!

私は思考が追いつかない。
心臓はバクバクいってるし、殆どパニックに近い。
だが頭の片隅ではあの魚を思い浮かべている。

なんでだ?
どうしてだ?

嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ、ホント嘘だろう…?

………

………

………




ヒラスズキだと思っていた魚はアカメだった。

…信じられない。
どうしてこの魚が私のもとに?
現実とは思えない。
言葉が見つからない。
まさかこの手に触れる日が来ようとは…。
本当に夢を見てるようだった。

神々しさと畏れ多さの気持ちが入り乱り、メジャーを当てる余裕すらなく、直ぐにリリースした。
後から写真で見る限り70cm前後の魚だと思う。

勿論その存在は知っていたし、このエリアに生息することも知識として頭には入っていた。
ただ、アカメを釣ってみたいなんて大それた気持ちは持ったこともなく、ましてや一生の内で自分が釣り上げるなんて想像したこともない。
それでも私は釣ってしまった。
若魚とはいえ、あのアカメを。




暫く夢見心地の日々を過ごした。
そしてアカメのことをあれこれ調べてみた。
分かったことは、己の無知、浅はかさ、傲慢さ…自分に対する静かな怒りだった。

アカメについての詳細は差し控える。
釣りの世界においてその歴史は古く、深い。
私の如きアングラーが安易に語れる魚ではない。

シーバスを狙っていても掛かることがある、ということを身を以て経験した。
シーバスより重い命と言うつもりはないが、その希少性の高さ故、掛けた以上はリリースまで100%成功させるべき魚だろう。

この地で釣りをするのならアカメを相手に出来るタックルでなければならない。
これが私が知った最低限のモラル。
今回運が良かったのは、たまたま私のシーバスタックルで取り込めるサイズだったこと。
あと10cm大きければ多分ひとたまりもなかった。
フックが伸ばされるのはいい。
だが、もしラインを切られてしまえば…何年と生きた立派なアカメをこの手で殺すことになりかねない。

下手クソだろうが関係ないんだな…。
やはりルアーを投げてればこんな事も起こる。
ポンコツの私にさえメーター級のアカメが掛かる可能性は十分あるのだ。
少なくともゼロ、ではない。
そのことが本当によく分かった。

私はこれからもヒラスズキを狙っていきたい。
この地で釣りを続けたい。
ならばこの問題は絶対にクリアせねばならない。
タックル全般の見直しを含め、今後の課題として真摯に向き合いたいと思っている。
万が一再びアカメが掛かるようなことがあっても、責任を持って生きて還せるように。

………

………

………

最後に愚かなアングラーの正直な気持ちを。

小さい頃、大好きな漫画「釣りキチ三平」よりアカメの存在を知った。
虜になった。
アカメは世界一美しい魚だと思って生きてきた。
そんな魚と自分の人生がリンクした一瞬。
この強運にただただ感謝したい。