その節は大変お世話になりました。
時合真っ最中に手ぶらでやって来た貴方が
「どうですか?」
と私に声を掛けて来たのがきっかけでしたね。
何故か貴方は気配を消していました。
暗闇から突然声が聞こえ、どれだけ驚いたか…。
謝罪のひとつなく貴方は続けましたね。
「いい流れ出てますね、今チャンスですよ」
囁く声が真剣そのものでしたから、そのチャンスを邪魔してるのは誰ですか?一体どの口が言っているのですか?どうして上からなのですか?なんてとても言えませんでした。
私がやむなく竿を置き
「さっきから反応がありません。どうも今年はコノシロの姿を見かけません。私が先日釣った魚も秋とは思えないくらい痩せていました」
と丁寧にお返ししたところ、貴方は全スルーして
「フグです」
と一言おっしゃいましたね。
「…は?フグ…とは?」
「クサフグです」
「……?」
「釣れる時はクサフグがまず釣れます」
「……?」
少し気まずくなった私に配慮して下さったのでしょう
「釣ったヤツ何cmでした?」
と話題を変えてくれたのは助かりました。
「先月の話になりますが60ちょいでした」
「すげ!結構ここムズいんで…」
冷静に考えれば単に小馬鹿にされているだけのような気がしますが、普段持ち上げられる機会が少ない私はすっかり有頂天になりました。人様からすごいって褒められたこと、いつ以来でしょうね。
「どこであがりました?」
「何時くらいでした?」
人懐っこい目で貴方が尋ねてくるものだから、私もついつい饒舌になってしまいます。
「あの高架の手前側、あそこのカケアガリにどうも魚が着くようです。過去にも何度か釣っています。でも10月がピークかな?時間帯はもっと早め、下げ5分あたりです。釣れた時もそれくらいでした」
意外にも貴方の食いつきは悪く、突然神妙な面持ちをしたかと思えば、貴方はこう言いましたね。
「実は…俺…一昨日ここで91cm釣ったんです」
!!!
私は何を聞かされているんでしょう?
私のスズキクラスは何処へ行ったのですか?
穴があったら入りたい、とは正にこのことです。
私を一度泳がせた理由は分かりません。
ただこの時、猛烈に恥ずかしかったのは事実です。
その後も貴方のお喋りは止まりませんでした。
シーバスに留まらず幅広く釣りを展開されているとの事、興味深くお話を伺うことが出来ました。
ジグで引っ掛けたコノシロをそのまま泳がせて青物を釣る方法…貴方が教えてくれたことは役立ちそうで全然役に立たない情報ばかりでしたね。
「それじゃ、頑張ってください」
満足そうな表情を浮かべ貴方が帰路に着いた時、ちょうど最後の流れが止みました。
貴方に言えなかったことがあります。
実はあの日は今年最後の釣行でした。
一年を締めくくる特別な夜に、
貴方のようなテロリストと遭遇する奇跡。
いつまでも心に刻みつけておきます。