10月下旬。


秋のラストスパートに向け、今夜の釣行はいつも以上に気合が入っていた。

必ず結果を出してやる…。

予め目処をつけていた大潮。

満潮からの下げ時合、深夜の釣行となる。


第2のホームとも呼ぶべき馴染みの河川。

家からはそこそこ遠いのだが、この数年頑張って通い続けてきた。

今年はまさかの空振り続きだったから、今夜なんとしても挽回しなきゃ。

ここで燃えないシーバスマンなどいまい。


前日に睡眠を削った作戦が功を奏し、当日の夜9時には早々に就寝、11時ぴったりに起床した後は深夜0時を待たずして現地到着した。 

計画通り。

怖いくらいに上手くいった。

いつも苦労する便意の到来もあっけなく訪れ、出発前にはてんこ盛りの大が出た。

文句のつけようがない。

しかも2時間ぐっすり眠れたお陰で体調もバッチリ。

今日は来たねぇ、来たよ、きたきた…。

感情のコントロールがうまくいかず、いつも以上に独り言の音が大きい。

半ニヤケのまま車のバックドアを開け、私は固まる。 


…嘘だろう?


ルアーケースがない。


ない、ない、ない、ない、ない。

!?

げ、玄関に置いたままやんかぁ…(涙)

絶句した。

ショックで気を失いそうになる。

そうだった…

釣りが楽しみなあまり、完全に忘れていた。


ああ…まさかルアー全部忘れるなんて。

情けなくて泣きたくなる。 

あんなに念入りに準備したのに。

勝負ルアーのフック、全て新品に換えたのに。

私はダメおじさん…ダメおじさん…ダメおじさ…

メンヘラがとまらない。


無情にも時は刻々と過ぎる。

っ、戻ろう!!

ふっと我に返った。

まだ何とかイケるかも知れない。

こんなことくらいで凹んでちゃダメだろう?

本当は死にたい気持ちでいっぱいだったけど、私はいい歳をした大人。

しっかりしなきゃ。

とにかく今日という日を無駄にしたくない一心で、直ぐに気持ちを切り替え、大人に相応しき振舞い…神をdisりながら家路につく。

大丈夫、まだギリ大丈夫だから!

はやる気持ちを抑え苛立つ心をなだめながら、自宅へ到着、玄関を開ける。 


…嘘だろう?


ルアーケースがない。


ここでようやく思い出した。

記憶の点と点が一気に繋がった。

「こんなとこ(玄関)に置いてて忘れちゃ大変だ」

仮眠前、私はわざわざルアーケースを車の助手席へ運んだのだった…。


助手席には確かにケースが2箱積まれていた。 

ご丁寧に、移動中に私が吸った電子タバコがその上に横たわっている。





…ふぅ。

タバコを咥え夜空を仰ぐ。

私は老いた。

わずか40代にして、途方もなく老いてしまった。

静かな悲しみが私を包む。


不思議なことに怒りの感情は沸いてこなかった。

圧倒的な虚無感…もう全てがどうでも良くなった。

もう、ええです…。

空っぽの呟きが闇に溶け、暫くして消えた。


時間的にもメンタル的にも、釣りをするのは到底厳しかった。

でも…今夜は眠れそうもない。

様々な感情が一気に交差したせいか、このまま部屋に戻る気にはなれなかった。

仕方ない、行くか…。

もはや釣りどころではなかったけれど、今夜は無性にルアーを投げたかった。

ありったけの感情をさらけ出してみたかった。

車のエンジンをかける。

剥き出しの心と共に、私は再び川へ向かう。


夜は優しく更ける。

まるで何もなかったように、穏やかに更ける。


………


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開始早々、連発
 

最初のスズキクラスは1投目で出た。
こんな簡単に釣れたのは人生初だった。

私は生真面目な性格で、常日頃、時合より早めに現地到着することを徹底していた。
渋滞してるかも、車を停める場所がないかも、先行者がいて場所替えする必要があるかも。
とにかく、時合に遅れてしまうのが嫌だった。
安易なミスでせっかくのチャンスを潰したくない。

結果、裏目に出た。
せっかちでもある私は時合を待たずしてルアーを撃ち、自ら進んでスレを誘発させ、自ら進んで一面焼け野原にした。

この夜はドンピシャだった。