私はこれまで河川のシーバス釣りをやってきて嫌な思いをしたことがない。


いや厳密に言えば多少はあるのだが、引きずるほどのトラウマもなければ、腹が立って眠れなくなるような出来事は過去一度もない。


(但しゴミ問題は除く。釣り場でゴミを捨てるような方についてはそもそも論外で、何も語ることはない)


この手のトラブルを耳にする度、私はいつも身構えてしまう。

嫌だな、怖いな。

出来ればそんな目に遭いたくないな。


たまたま運が良かっただけかも知れない。

日頃から混雑しないポイントを選ぶよう心掛けているし、単純に私の鈍さで他人からのお叱りに気付かずスルーしているだけなのかも。


ただ、今日まで楽しくシーバス釣りを続けてこれたのはひとえにこの理由が大きい。





親切な人は多い。


河川でのシーバス釣りを始めたころ、他アングラーとの距離感が全く掴めなかった。

私にはエギングや青物釣りの経験しかない。

基本、ルアーを投げたらそこから真っ直ぐ引っ張ってくるだけ。

釣り場も混雑しがちだ。

シーズンに入れば隣との距離は驚く程近い。

そもそも私には水の流れを利用して釣る概念がない。

アップやダウンクロス、広角な視点で釣りをするなんて想像したこともなかった。


とうとうやってきたメジャー河川。

アングラーが立ち並ぶ光景に足がすくむ。

やっぱり帰ろうか…。

なんとか意を決し先行者へご挨拶。

この習慣だけは欠かすことがない。

理由は簡単で、逆の立場なら嬉しいから。

お互い気持ちよく釣りが出来るから。


蓋を開けてみれば、見るからに初心者の私でも皆さん気持ちよく場所を譲って下さった。

快く受け入れてくれた。

恐怖にも似た敷居の高さを感じている初心者にとって、この上級者とのファーストコンタクトは重要である。

果たして、鬼が出るか蛇が出るか。

私の場合は仏だった。

中にはさりげなくアドバイスをくれる方なんかもいて、強張った気持ちが一瞬で和らいだのをよく覚えている。





しかし、ここで問題が起こる。

間に入れて貰ったはいいが、アングラーとの距離がわからない私。

自身の拙い経験則「これくらい離れたら大丈夫だろう」の距離は、お隣から僅か7~8m。

この大罪は言わずもがな。

先行者さんのひきつった顔が目に浮かぶ。


内心恐らく「この素人が!」と激しく舌打ちされたに違いない。

苛立たしく思うのは当然だ。

後からのめのめやってきたアングラーにキャストコースまで塞がれてしまうのだから。


だが親切な人は優しい人でもあった。

私に詰め寄り注意することもなく、頃合いを見て静かに引き上げられた。

事を荒立てるような真似は一切しなかった。

当時の私を恥ずかしく思う。

マナーやルールが全く理解出来ておらず、先行者さんの配慮や思いやり、怒りや諦め、その他諸々の感情が汲み取れなかった。


寛大な心で初心者の私を泳がせてくれたことを、今になって感謝している。

厳しく叱責を受け正解を知るのでは、繊細な私など簡単に心が折れていただろう。

そうあっても勿論仕方ないのだが、早々の洗礼を浴び、シーバス釣りに苦手意識さえ生まれていたように思う。

ひょっとして今日まで続いてなかったかも。





親切で優しい人たちのお陰で、河川のシーバス釣りも4年目を迎えることが出来た。

相変わらず腕前はからっきしだが、おおよそのマナーやルールは知ったつもりだ。


たまに初心者らしき人が隣に入って来る。

あの日の私と同じように距離が近い。

おいおい…心の中で苦笑い。

だが注意などしない。


今日は私の日ではなかったな。


先人に倣い、黙ってその場を後にする。