シーバス釣りを始めた一番の理由は、出張先での暇つぶしだった。


その点においては今も変わりない。

時間の経過と共に暇つぶしがメインに変わっただけである。

今では出張先の仕事がオマケとなった。

菓子とシールの立場が入れ替わるビックリマンと同じ流れだ。


若い頃からずっと出張が多い。


今は仕事の形態が変わったため九州圏内の範疇で収まっているが、昔はそれこそ関東~関西までひっきりなしだった。

忙しい時期になると月の半分は出ていた。

最初はタダで遠方に行けるのが嬉しくて小躍りしていたものだが、直ぐに心変わりした。


やはり自宅でないとリセットできない。

気持ちが落ち着かない。

日々のルーティンを崩したくない。

ナイーブな性格上、出張先の夜をどう過ごすのかは非常に重要で、私はあらゆる工夫を重ねてきた。



最近、若い子たちの間では「ぼっち」なる言葉が流行っているようだ。

一人ぼっちが語源になるのだろう。


しかし、まだまだ青い。

リアルぼっちはぼっちに麻痺していることを知って欲しい。

もはや普通とぼっちの境界線が分からない。

そんな私はキャリア20年、向こう20~30年も恐らくぼっち確定のスペシャリスト。

誰か「熟ぼっち」とか新しいワードを生み出して欲しい。

自己紹介が一言で済むから楽だ。

名刺の裏に書くのもいい。


そんな性格だから、20代も早々にして一人きりで呑みに行き始めた。

ひとり呑みとでも言うのだろうか。

オシャレスポットや人の多いところは苦手、女性が出てくる場所はもっと苦手だった。

格好をつけているわけではない。

会社の上層部がキャバクラ好きでよく連れていかれたものだが、私のような内向的な人間にとっては地獄絵図でしかなかった。

お天気以外に話すことはない。

ましてや初対面の異性から根掘り葉掘り聞かれるなんてしんどくて仕方ないのだ。

気も遣うし、とにかく疲れる。

未だに絶対行かない。


男塾名物「油風呂」とどちらか選べと言われたら、そこそこ悩むと思う。



そんな私に一番しっくりきたのはバー


それも場末の小汚ない店がいい。

無愛想なおっさんが一人でやっている、こじんまりとした店がいい。

カウンター5席くらいの端に座るのが好きで、お酒を呑みながらボーっと過ごすのが何より快適だった。

ジャズなりロックなり古い音楽が好きな性格だから、尚更バーとは相性が良かった。


一人が好きなくせに、周りから放置されれば憎たらしい。

そんな矛盾に苛立ちながら、私を排斥する社会へ呪いの言葉を吐きながら、それをつまみに酒を重ねる。

若年寄りという表現がぴったりで、僅か20代にして偏屈爺さんのような酒呑みになった。


そんな具合に私の出張生活はバー開拓からスタートした。

20代の夜は殆どそれに費やした。

スマホもなければ食べログもない時代。

考え方によってはとても豊かな時代だったように思う。

夜な夜な自分の足でお店を探すのはとにかく楽しく、自分好みのアタリ店を見つけた喜びは他の何にも代え難かった。



その内どんどん興味が湧いてきて、ウイスキーやバーボンの勉強を始めたり、バーテンの認定資格を取得したり、自宅に大量のカクテル材料を仕込んで自分でも作り始めたりした。

暇だったから時間は山ほどあった。

やがて市販のものでは満足出来なくなり、馴染みのバーのマスターから酒問屋さんを紹介してもらった。

マニアックな輸入モノなどを集めては悦に入り、それを夜中に眺めながら独りごちるのが日課となった。

暗い青年時代だったと我ながら思う。


日に日に自宅の酒瓶は増えていく。

出張先で開拓したバーも増えていく。

はじめは大して呑めもしなかったのが、耐性がついたのか、体調の良い日なら一晩でウイスキー1本を空けるまでになっていた。

私のお給料の殆どはそこらに消えていった。


10年近くそんなことを続けたと思う。

私の出張生活はひとつのスタイルを確立しつつあった。


その頃には出張先の各地に馴染みのお店が出来て、居心地の良さに甘え閉店時間まで過ごすようなことも多くなった。

いくら顔馴染みになってもお喋りに没頭するタイプではなかったので、ごくごく自然に本を持っていくようになった。


私は漫画や小説を読みながら酒を呑んだ。

好きな音楽に一喜しながら酒を呑んだ。

職場のストレスを混ぜ合わせ酒を呑んだ。

これがなんと言うか…最高に心地良かった。

現実逃避が大好きな私の数少ない娯楽であり、バーの空間は自宅以上に自宅を感じた。


ある時、急にしんどくなった。

愚痴りながら酒を呑む行為に心底うんざりするようになった。

出張先のホテルから外へ出るのが億劫になり、バー特有のくすんだ空気にも嫌悪感を抱くようになった。

思い切って自宅の酒類も全て処分した。

全部嫌になった。


それなりに長かった私のバーへの愛着は、何の前触れもなく突如終わりを告げた。


そうして私は出張先でやることがなくなってしまった。