長男の欠席が重なって、学校にこちらから相談に行ったり、呼び出されたりしていた5~6月頃。ちょうど雑誌「暮しの手帖」で不登校の記事を読んだのもあってね、決めたんだ。
もう長男が学校に行かなくてもいい。
結局ね、本屋で暮しの手帖の表紙を見るまで、長男の現状と「不登校」を結びつけてなかったんだと思う。時々行くこともあったしね。
(そういうのを五月雨登校というそう)
長男が学校行かない事実と向き合わないまま、心屋の「問題は問題視するから問題」を都合よく解釈して逃げ回り、問題がないフリして、もうカウンセラー系や自己啓発のブログも、ぢんさんといかりんと、藤本さきこさん、くらい(あとは心屋で知り合った友達の記事)をサラッとしか読んでなかった。以前のように何かを得ようと、パッカンしようと、すがるように読まなくなった自分を「心屋マインドで生きられるようになったわぁ」くらいに思ってた。
でもね。
「不登校」という言葉を見て「ああ長男の現状は不登校なのか」って認識して、
学校から呼び出されることになって親としてどうするかを突きつけられて、
逃げてる自分に気づいたんだ。
それは心屋でいう「問題を問題視しない」とは違うということにも。
だから、決めた。
長男が学校行かなくていい。
一日中ゲームしててもいい。
ニートになってもいい。
(汚部屋オタクで成績底辺だった娘の時も唱えた魔法の言葉だけど、娘は学校行ってたんだから、あの頃とは覚悟の重みが違う)
もう長男に何も言わない。
放っておく。
長男が学校行かないことに、一喜一憂しない。
私の機嫌を左右させない。
決めたんだ。
続きます。
もう長男が学校に行かなくてもいい。
結局ね、本屋で暮しの手帖の表紙を見るまで、長男の現状と「不登校」を結びつけてなかったんだと思う。時々行くこともあったしね。
(そういうのを五月雨登校というそう)
長男が学校行かない事実と向き合わないまま、心屋の「問題は問題視するから問題」を都合よく解釈して逃げ回り、問題がないフリして、もうカウンセラー系や自己啓発のブログも、ぢんさんといかりんと、藤本さきこさん、くらい(あとは心屋で知り合った友達の記事)をサラッとしか読んでなかった。以前のように何かを得ようと、パッカンしようと、すがるように読まなくなった自分を「心屋マインドで生きられるようになったわぁ」くらいに思ってた。
でもね。
「不登校」という言葉を見て「ああ長男の現状は不登校なのか」って認識して、
学校から呼び出されることになって親としてどうするかを突きつけられて、
逃げてる自分に気づいたんだ。
それは心屋でいう「問題を問題視しない」とは違うということにも。
だから、決めた。
長男が学校行かなくていい。
一日中ゲームしててもいい。
ニートになってもいい。
(汚部屋オタクで成績底辺だった娘の時も唱えた魔法の言葉だけど、娘は学校行ってたんだから、あの頃とは覚悟の重みが違う)
もう長男に何も言わない。
放っておく。
長男が学校行かないことに、一喜一憂しない。
私の機嫌を左右させない。
決めたんだ。
続きます。