10月ももうすぐ終わりだが、それにしても書道塾としては実に忙しいシーズンである。
通常の競書課題のほか、後期段試験課題、さらに書写コンの課題をこなさなくてはならなかったからだ。そして、子供たちは、かなり頑張ってくれたと思う。
マイヤ書道展の展示も10月である。当塾のお弟子さんたちは大健闘で、多分、良い宣伝効果が得られたような気がする。
11月からは1か月以上、通常の競書課題のみとなるので、ここで子供たちにシュタイナー的な道徳教育をやってみようと考えている。
1月から4月までは、基本的なシュタイナー教育を予定している。来年の書初めコンクールには参加しないことにしたので実現できそうである。
5月からは、高円宮杯、前期段試験、マイヤ書道展と次々とスケジュールが展開され、お習字漬けの日々となっていくことだろう。
さて、私は今月20日(火)の帰宅時に、忘れ物を取りに走ったことで、暗闇に足をすくわれ転倒し、左足に激しい肉離れを起こしてしまった。
激痛のため歩くのもままならない。母の車いすを押すこともできなくなった。
そんな中、最近、バチカン内で黒ミサが行なわれていることを知ってしまった。不思議にも、情報の方から次々に私の方に飛び込んで来て知らせてくれたのである。ある意味、奇跡に近い導きを得られたような気がする。黙想によって、カトリックの素晴らしき先人たちが教えてくれたのかもしれない。天は大いなる悲しみに満ちているというのである。
これは文章に書くのも忌まわしい、イエス・キリストを最大限に侮辱する秘密裏に行われる悪魔崇拝の儀式である。
黒ミサは、目には見えない存在でも、この世の支配者である悪魔が最も喜ぶ超残酷で非人道的儀式ゆえ、悪魔の力を最大限に得られると言われ、巨万の富を手にすることも可能となってくるのである。ただし、人間として最低の行為であり、地獄行きは免れないと言うしかない卑劣な内容なのである。その最低な儀式をバチカンの地下で行われているというのである。私は、輪廻転生や解脱について学問的に追求してきたのだが、地獄は存在しないと思ってきた。しかし、今回のことで地獄の存在に確信を持つことができたのである。
カトリック信徒として、こんなにも悲しみ落ち込んだことはない。ただ、ここまでイエス・キリストを侮辱するということは、悪魔と神の対立軸をしっかりと見極めることができるようになったのである。黒ミサの方が正しいとか、優れているとはお世辞にも言えないからだ。明らかに間違っていて、最低最悪なのである。そうなると、本来のミサがいかに神聖で正しいことかが理解できる(プロテスタントの礼拝も同様)。
これまでとは違い、曖昧さが全く無くなり実にはっきりしてきたので、私も決意新たに真っすぐに聖書の信仰に生きられると思った。タロットカードは本当によく当たるが、悪魔の業がはっきりしてきた今、処分することにした。これはどちらかと言うと悪魔の側だし、神との絆の方を大切にしたいと思ったからだ。
世の中にはびこっている悪魔の催眠術に眠らせられていたクリスチャン(私のこと)がついに復活の時を得たのである。
何も金持ちになることなどない。貧乏でも耐え忍んでいこう。それより神の側で生き、神の導きに従順に従い、エリヤのような力が得られたなら何と素晴らしいことだろうか。単なる人間のままで、この悪魔たちに立ち向かうことなど全く意味の無いことだが、神の力が注がれるならば、悪魔たちを打ち砕くことができることだろう。
これからの時代を生きる人は、具体的に悪魔を体感することができるようになることだろう。同様に具体的に神の業を体感することができる祝福も得られることだろう。そう考えると悲しんでばかりもいられないのである。人類(地球人)は、すでに最終的なシナリオへと突入したのである。
戦争もテロも、人口問題、宇宙人の問題に至るまで、すべて神が解決させてくれることだろう。そして、神は最後に必ず勝利するのである。だから、安心して生きていこう。信仰による平安こそが、世の中を良い方向に導く最大の力となるからだ。
それでも私は悪魔すら敵視はしない。愛はすべてを包み、変える力があるからだ。愛は神から出ている力であり、憎しみはその愛の力を弱めてしまうからだ。だから、これまで通りのスタンスで、祈りを持って進んでいこうと思う。
とにかく、このようなことがあったので、今回の足の怪我については、悪魔たちによる霊障に巻き込まれたのかもしれない。足の痛みは辛いが、ひたすら子供たちの教育に情熱を傾けていきたいと思う。
今日の記事の内容に関してはデマであって欲しいと願うだけです。悪い夢を見ていただけと忘れるべきなのかもしれません… とはいえ、よくよく考えてみると、こんなことで驚いてなんかいられない訳で、自分をもっとしっかり持つために何でも受け入れられる心のキャパが大きく、強い人間になりたいし…
とはいえ、つい、かなりオカルティックな記事となってしまいました。こういう記事は書かないつもりだったので大いなる反省点でもあります。もし気分を害されたなら本当に申し訳ないです。すみませんでした。こんな時は、美味しいものでも食べて忘れてください。明るく生きることこそが一番だからです。そして再度、重ねてお詫び申し上げます。