どんなに才能に不足していても、
「できない」を「できる」に変えるのが教育の力なのである。
オリンピックの選手を育てるコーチではなく、
パラリンピックの選手を育てるコーチでありたい。
ライオンの子供は、大怪我をしたり、病気をすると、群れから離されて死ぬしかない。
しかし、人間の子供は、大怪我をしても、病気をしても、見放されることはない。生き続けることができるのだ。
動物と人間の大きな違いとはそこにある。
もし、障害を持つ人間が生きられない社会ならば、ジャングルを生きている動物たちと何も変わらないことになってしまう。
障害者を支え、障害を乗り越えること。そこに「人間性の原点」がある。
シュタイナー教育とは、本来、そういう教育であるべきなのではないだろうか。
(これは昨夕、意識下に突然飛び込んできたイメージを綴ったものである)
障害者を見下げ、共に生きていこうとしない者。自己中心的考え方に心を支配され、欲望のままに生きている者。こういう者たちに魂の浄化も進化もなく、これは、最も恥ずべき存在と化しているのである。現代は欲望があからさまになっている時代ゆえ、人間性がはっきりと分けられてしまう。それ故、そんなに遠くない未来において、こういう者たちは恐ろしい艱難の時期を乗り越えることができずに自ら自滅していき地球が浄化されていくことだろう。「浄化」なき所に「進化」は存在しないからだ。多くの者は、今、そういう時代に入っていることを知らないでいる。騙されてはいけない。時代の風潮に流されてはいけない。むしろ時代の風潮の意味を探るのである。そこに気づいて、自分を律することができる者のみが、恐ろしい艱難を見事に乗り越えて、幸せに満ちた未来へと到達することができるのである。時代を批判して生きるより、ひたすら人間性を磨いて生きる方が的を得た生き方であると思うのだ。
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